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【交換・互酬・再分配】コミュニティでの学び合い

はじめに

なぜ人は無償で手伝うのか?

私が研究対象としているコミュニティは、異なる会社や職業の人たちが集まり、知識や経験を共有する月額制の学びのコミュニティです。

参加者は毎月一定の金額円を支払い、勉強会に参加したり、教材を見たり、他の参加者に相談したりします。

この関係だけを見れば、非常にわかりやすいです。
参加者はお金を払い、その代わりにサービスを受け取ります。
これは「交換」です。会費と参加権を交換しているわけです。

ところが、実際のコミュニティを観察していると、それだけでは説明できないことがたくさん起こっています。

今回は経済思想家カール・ポランニーが主著『大転換』で論じた考えを参考に、この営みをみていきます。

同じ会費でも、受け取るものは同じではありません

月額制のコミュニティでは、全員が同じ金額を支払っています。
しかし、全員がまったく同じサービスを受け取るわけではありません。

毎日のように参加する人もいれば、月に一度しか参加しない人もいます。
初心者向けの企画に多くの費用や時間が使われることもあれば、一部の人しか参加しない勉強会が開かれることもあります。

つまり、誰がいくら払ったかと、誰がどれだけ受け取ったかが、一対一では対応していません。

運営者は、参加者から集めた会費や情報をいったん集約し、教材や勉強会、システムなどの形にして、コミュニティ全体へ配っています。
ポランニーの概念において「再分配」というしくみと似ています。

税金を集め、公共サービスとして配る仕組みをイメージするとわかりやすいかもしれません。
規模や目的は違いますが、一度中央に集めてから、全体に配り直すという点は共通しています。

質問に答えても、報酬は支払われません

さらに興味深いのが、参加者同士のやり取りです。

誰かが仕事の相談を投稿すると、経験のある人が答えます。
作成した資料を見せると、別の人が改善点を伝えます。
ときには、有志のメンバーが講師となり、勉強会や教材を作ります。

しかし、そのたびに報酬が支払われるわけではありません。
「30分相談に乗ったので3,000円」とか、「質問に答えたので500円」といった精算は行われません。

それでも人は、自分の知識や時間を提供します。

ポランニーは、このような人と人との関係の中で行われる資源のやり取りを「互酬」として捉えました。

互酬は、その場ですぐに同じものが返ってくる交換とは異なります。

今日、自分が誰かを助けたからといって、明日、その人から同じ量の助けを返してもらうわけではありません。

しかし、長く関わっていれば、自分もどこかで助けてもらうかもしれません。あるいは、自分が受け取ったものを、別の誰かに返すこともあります。

コミュニティ全体の中で、少しずつギブ・アンド・テイクが積み重なっていくのです。

最初はお客さんでも、少しずつ役割が変わります

このように考えると、コミュニティに参加した人の役割は、徐々に変わっていきます。

最初は、会費を支払って参加権を得ます。これは【交換】です。

次に、教材や勉強会など、運営者が用意した資源を受け取ります。これは【再分配の受け手】です。

やがて、ほかの参加者の質問に答えたり、経験を共有したりするようになります。ここでは【互酬】が生じます。

さらに、自分の知識が教材や勉強会として多くの人に届けられれば、今度は【再分配の担い手】にもなります。

もちろん、全員がこの順番で進むわけではありません。
ずっと受け手として参加する人もいますし、加入直後から積極的に知識を提供する人もいます。
*注:受け手が悪いわけではありません。

それでも、コミュニティとは、単にサービスを購入する場所ではなく、参加者の役割が少しずつ変わっていく場所だと考えられます。

知識は少し変わった商品です

ここで重要なのが、コミュニティで主にやり取りされているものが「知識」だということです。

パンを一つ食べれば、そのパンはなくなります。

しかし、誰かに知識を伝えても、自分の知識がなくなるわけではありません。
むしろ、ほかの人に説明することで、自分の理解が深まることもあります。

知識は、使えば減る商品ではなく、共有することで増えていく可能性を持っています。

一方、現代では、知識は講座、教材、資格、オンラインサロン、アクセス権などの形で販売されています。

私が研究しているコミュニティも、月会費を支払わなければ参加できません。
その意味では、知識を商品として扱っています。

しかし、コミュニティの中に入ると、知識の一つひとつに値札が付いているわけではありません。

質問への回答も、雑談の中で出てくる経験談も、メンバーによる勉強会も、その都度売買されるわけではありません。

つまり、コミュニティは知識を商品化する入口を持ちながら、内部では知識を商品だけではないものに戻しているのです。

コミュニティは、知識を循環させる保護装置でしょうか?

こうした月額制コミュニティを、単なる教育サービスと見ることはできます。

参加者はお金を払い、運営者はサービスを提供します。
これ自体は説明としては正しいです。

ただ、実際のコミュニティでは、交換だけでなく、再分配や互酬も同時に起きています。

会費を払って入口に入り、誰かが集めて整理した知識を受け取り、今度は自分の知識を別の誰かに渡していきます。

まったく知らない人同士の市場取引とは異なる関係が、そこにあったことは確かでしょう。

人は、お金だけで動いているわけではありません。
しかし、お金がまったく必要ないわけでもありません。

市場で参加権を購入し、その内側で、人間関係を通じて知識や助けが循環します。

学びのコミュニティとは、その二つが同時に存在する、小さな経済システムなのかもしれません。

今日の論文

Polanyi, K. (1944). The Great Transformation: The Political and Economic Origins of Our Time. Boston: Beacon Press. (=2009、野口建彦・栖原学訳 『大転換――市場社会の形成と崩壊』 東洋経済新報社。)

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