娘のクルマ、一日がかりのドタバタ劇。そして一人で乾杯した。
娘が家を出て、何年経つだろう。
めったに連絡もない。こちらから話しかけるのも、なんとなく気を遣う。
疎遠、という言葉がいちばん近い。それが親子というのも妙な話だが、
まあそういうものだと思っている。
そんな娘から、珍しく連絡が来た。
「クルマ、もらえることになった」
親戚が手放すというクルマ。理由は「クルマの運転が嫌いだから」。
…なるほど、世の中にはそういう人もいる。自分には到底理解できないが…
驚いたのは、その車の走行距離だ。
7年以上所有して、5000キロ。
思わず聞き返した。5000キロ、って…月に60キロも走っていない計算だ。
クルマ好きの自分からすれば、それはもはや「所有」ではなく「保管」である。(いや、クルマへの冒涜とすら言いたい)
まあ、そんな話はさておき。
まず、車庫証明からして迷走する
娘は、クルマを所有するということの「手続き」を、ほぼ何も知らない。
車庫証明。印鑑証明。陸運局での名義変更。
まず驚いたのは、駐車場の探し方だ。
普通なら現地を見に行くだろう。広さを確かめて、出入りしやすいか確認して、周りの雰囲気を見て…クルマ好きなら当然そうする。
しかし娘はネットで探していた。
しかも、遠いところを。
(現地も見ずに…)と思ったが、まあ今の世代はそういうものかもしれない。文句を言っても始まらない。
自分は黙って、移動手段として折りたたみ自転車を買ってやった。
駐車場が遠いなら、それで通えばいい。
書類の方も、「どうしたらいいの?」という問いに、
気づけば自分が警察への届出用紙まで作っていた。(なぜ自分が…)
ぐずぐずしているうちに時間だけが過ぎていく。
見ているとこちらの方が焦れてくる。
バッテリーが、完全に死んでいた
クルマを引き取りに、親戚の家まで行くことになった。
行く必要なんてないと思っていたのに、「エンジンがかからない」という一報が入り、結局ケーブルを持って自分が向かった。
つないでみる。
…かからない。

当たり前だ。7年で5000キロ、ここ一年はほとんどエンジンをかけていないということ。完全放電。その日は潔く諦めた。
後日、バッテリーを購入して、わざわざ電車で向かった。
自分のクルマじゃないのに。
バッテリー交換、エンジン始動。かかった。
(端子のL、Rが違ったけど…)
安堵感は、なぜか自分の方が大きかった。
そしてここからが自分でも笑ってしまうのだが——
オイル交換まで、してしまった。
だってそうだろう。こんなに長い間、動かしていなかったクルマだ。
気になる。娘のクルマ、なのに。(これはもう職業病みたいなものだ)
印鑑証明という、伏兵
月曜日に陸運局へ行く、「この日しかない」と娘が言った。
自分は有給で休むしかない。
その前日、土曜日。
「印鑑証明、引っ越ししてからマイナンバーに登録してなかった…」
…「はっ?」つまりはコンビニでは取れない。
引っ越し後に印鑑登録をしていなかったのだ。
月曜の朝に区役所で登録を済ませ、その足で印鑑証明を取得して、
そのまま陸運局へ——という綱渡り作戦に突入することになった。
なぜ綱渡り? 昼から仕事が…午前中で終わらせたいと。
知るか、そんなこと。
ハラハラしながら月曜の朝を迎えた。
なぜそんなに自分がハラハラするか?
陸運局とか役所系が苦手なのだ。
(そもそも会社の経費処理も嫌いだ)
何か一つでも欠けていると受付けしてくれないことを知っている…
朝一、区役所。そして陸運局で新たな発覚
練馬区の区役所、朝一で、なんとか印鑑登録と証明書の取得に成功。
第一関門突破、そのまま娘を拾い陸運局へ。
受付さえクリア出来れば安心できる。それは知っている。
自分がOCR一号様式なるものを書く。そして受付へ提出する。
何箇所かの抜けなどその場で指摘されただけ、無事受理された!
二人はほっとし、長椅子に腰掛けて待つのみ。
「午前中で終わりそうだな」なんて会話しながら待つのだが…
なんかちょっと長いなと。
ほっとしたのも束の間、不吉な予感が的中しはじめた。。。
「286番のかたぁ〜」と呼ばれて窓口へ。あれっ、別の人だ。
その人が説明をはじめるが、最初はピンとこない、、、
前の所有者が引っ越しをしていたのに、車検証もナンバーも変更していなかった!・・・と言うことだった。飲み込めるのに3分かかった、、、
「品川の東京運輸支局へ行って、ナンバーを変えてから、また来てください」

…また来てください。えっ、今日しかない、休める日がない、前所有者にやってもらうの? 頭の中で解決策がショートする。
頭を冷やすためにもモーニングをすることにした…
そして品川の陸運局へ電話して確認したりと。
ファミレスで、こっそり渡したもの
どうしよう、と思いながらモーニングを頼む。娘も黙って座っている。
自分は解決策を考えていた。別日にするか、、、でもそれも大変だなぁと。
そんな時、ふと思い出した。
ポケットの中に、用意していたものがあった。
娘の、初めての車購入祝い。仕度金だった。
疎遠な親子だ。こういうタイミングでしか渡せない。(親バカか)

こっそりテーブルの下から、娘に手渡した。
「いいよ、いいよ」
娘は遠慮する。
「いいから」
無理矢理、押し込んだ。
娘は少し困った顔をしながらも「ありがとう」、それでも受け取った。
…なんだろう、この気まずさ。でも、悪くない。
品川へ、そして練馬へ。時間との闘い
行くのは今日しかない。
ファミレスで電話して必要な事項を聞いた。
書類は揃っていたのだか、当時のナンバー変更時の「受付番号」を調べてから来てください。と言われた。
娘に、聞いてもらう。今日は平日、相手は会社で仕事だろうから分かるかどうか分からない。
「とりあえず行ってくるわ」無駄になっても仕方ないがまぁドライブがてらで行くよと。
受付番号の連絡が来たら連絡くれと言って娘とは別れた。
ダメもと、その一心で品川へ向かう。
窓口でああでもないこうでもないと無駄な説明を重ねた結果(でもないが、)
なんとか受理された!
「受付番号」は必須ではなかったのか、、、
そしてナンバープレートを受け取った時には、どっと疲れが出た。
だが、ここで終わりじゃない。
練馬の陸運局は、夕方には閉まる。
品川から練馬へ、ダッシュ。

練馬陸運局、受付を済ませ、ナンバーをもらい、封印したのが——16時30分。
間に合った。
その瞬間、妙な達成感に包まれた。
自分のクルマじゃない。でも、なぜだろう。自分のクルマのナンバーを取った時と同じ、いやそれ以上の充実感が込み上げてきた。
娘のために、という気持ちがこんなところで顔を出すとは思わなかった。
駐車場に車を収めて、一人で乾杯
娘が契約した駐車場に、無事クルマを入れた。
ちゃんと収まった。
自分は一人、その場で静かに缶を開けた。
誰かと祝うわけでもない。娘に「お疲れ」と言われたわけでもない。
ただ、一人で。
午前中には終わると思っていた一日が、こうして暮れていった。
疎遠な娘のために、なぜここまでしてしまったのだろう。
いや、「なぜ」なんてわかってる。
親だから。それだけだ。
きっとこの先、娘はこの顛末を知らないまま、そのクルマに乗り続けるだろう。折りたたみ自転車で遠い駐車場に通いながら。
それでいい、とも思う。
…たぶん。
(終わり)
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