見出し画像

「金庫にしまっていた忘れもの」

倉本聰のドラマが好きだった。
「優しい時間」というドラマを見たのは、もう大分前のことになる。
不思議なことに、今でもつい最近のように思い出すのだ。

「優しい時間」つい最近のように思い出す。

きっと平原綾香さんが歌っていた「明日」という曲のせいかもしれない。
あの美しい旋律が、今でも頭の中に流れてくる。

そっと閉じた本に続きがあるなら
まだなんにも書かれていないページがあるだけ

平原綾香「明日」

自分はこの「優しい時間」を記憶に留めておこうと、ブログを書いていたことも思い出す。
あの時、自分は何を感じていたのだろう。ただ、いいドラマだったという漠然とした思いだけだった気がする。

もう触れることもないだろうと思っていた、このドラマ。
しかし、つい最近、メディアで碓井広義さんと倉本聰さんがこのドラマについて対談しているのをたまたま見かけた。
取材ノートから再構成された対話だという。

読み進めるうちに、自分は愕然とした。
当時、自分は全く真の意図を見抜けていなかった。
親子の関係のドラマ。
それだけでも充分すぎるほどの作品だと思っていた。
父と息子の葛藤、和解、そして赦し。それがすべてだと思っていた。

でも、違った。

実はそれ以外のテーマもあったこと、20年近く経ってこの二人の対談から知らされた。
目から鱗だった。

人にとって「仕事とは何か」

このテーマが、ドラマの根底に流れていたのだと、今になって知らされた。なんと自分はまだまだ浅はかだなと、頭を殴られたような感じがした。

倉本さんはこう言っていた。

日本人はね、誤解してると思うんですよ。どうしてもサラリーマンを長くやってると、仕事っていうのはカネになるものだっていう意識があるわけで。それはちょっと違うんじゃないかと言いたいんだ。たとえカネにならなくても仕事は仕事ですからね。

倉本聰さん碓井広義さん対談①

金にならなくても、仕事は仕事。
そんなものもあるだろうと…

さらに、倉本さんはこう語っていた。

ある程度の年齢になったらね、自分が本来やりたかったことは何だったのか、考えてみるといい。学校を出た頃の夢があったとして、自分に発言力がつけば会社の中でそれをやることができるし、あるいはもう会社を定年退職したんだったら、そこから学生時代に持っていた夢の扉を開いてやるべきじゃないか。

倉本聰さん碓井広義さん対談②

そして、若者へのメッセージとして、こう書いたことがあるという。

夢を持って社会に出て、いきなりそれを実現しようとしても青臭いって世間から潰されちゃうし、無理だと。だから、あなたが発言権を得るまで、発言する能力を持つまで、その夢を金庫にしまって鍵をかけておきなさいって。

倉本聰さん碓井広義さん対談③

金庫に夢をしまって、鍵をかけておく。

倉本さんは続ける。

ところが40~50歳になって、ようやく力がついてきた頃には、普通のサラリーマンは金庫の鍵をなくしちゃう。というか、夢をしまった金庫があったことすら忘れてしまう。

倉本聰さん碓井広義さん対談④

読みながら、自分の胸が痛んだ。
――そして、気づけば視線は若者ではなく、自分自身に向いていた。

なんでもかんでもやりたいことをやりたがる今の若者たち。
嫌なことはやらない、合わなければすぐ辞める、そんな風潮。
それに対して、どこか違和感を感じていた自分がいた。

でも、昔の人たちには、やりたいことのためにずっと封印してきた人たちもいる。
時間をかけて、力をつけて、そしてようやく夢を取り出す。

鍵をあけて…

自分がそうじゃないだろうか?

はっと気づかされた。
自分には封印してきたものがあった。
子供が大きくなるまで、自分は心配だった。
家のローンも経済力も心配だった。

いろんなことを我慢して生きてきた。
やりたいことは後回しにした。
趣味も、夢も、全部金庫にしまった。

「子供が大きくなったら」
「家族が安定したら」
「その時に、ゆっくり自分の時間を持てばいい」

そう思っていた。

そして、子供が大きくなった。
ようやく家族と楽しくやれると思った。
金庫の鍵を開ける時が来たと思った。

でもそこにはもう誰もいなかった。

何が駄目だったのか?
きっと自分と一緒にいても息苦しかったんだろう。
楽しくなかったのだろう。

仕事のことばかり考えて、家族との時間を大切にしなかった。
経済的な安定ばかりを追いかけて、目の前にいる家族の笑顔を見ていなかった自分。

金庫にしまっていた夢を、壊してしまった。
家族の絆を失ってしまった。
大切なものを失った。

そこには何もなかった…

その理由を、いまだに探している途中なのかもしれない。

自分が封印してきた金庫を開けた時、そこには何もなかった。
夢も、家族も、何もかも。
空っぽの金庫が、ただそこにあるだけだった。

もうそんなに長い時間はない。
今まで封印してきた自分のやりたいこと。
もうやらなければ、どんどん時間がなくなっていく。

そう気づかされた。

60歳を過ぎて、会社に残っている。
給料をもらっている以上、自分の仕事に誇りを持ち、
そこから広がる人生を大切にしたい。

自分の時間を持ちたい。
土日は自分のために使いたい。

老害と言われるかもしれない。
でも、それでもいい。

もう一つの反省

自分は若者たちとうまくやっている。
組織の上下関係が嫌いで、若者と対等に付き合ってきた。
老害とも言われない。
それがどこか安心の担保になっていた気がする。

「自分は違う」「あの嫌な上司たちとは違う」

そう思って、どこか得意になっていたのかもしれない。
でも、それではいけない。
若者に好かれることが目的じゃない。
若者に嫌われないことが、自分の価値じゃない。

もっと真剣に、自分のやりたい事と向き合わなければならない。

同時に、今の若者に伝えたいこともある。
たやすくやりたいことができて、嫌なことはやらない。
合わなければすぐ辞める。

そんな世の中、本当にそれでいいのか?

一流の料理人は、必ず皿洗いから入っていく。
下積みがある。
時間をかけて、技術を磨いていく。

それなのに、気軽に山のてっぺんを目指すような、
そんな世の中に少し危うさを覚える。

「これは若者への批判ではない」
「これは、あの頃の自分への言葉だ」
「自分自身の後悔だ」

やりたいことをやるのもいい。
自由に生きるのもいい。

でも、大切なものはきちんと自分の中で年月をかけて育てるものだと
伝えたい。

夢を追いかけるのもいい。
でも、目の前にいる人を大切にしてほしい。

金庫に夢をしまうのもいい。
でも、その金庫の鍵を失わないでほしい。

そして、金庫を開けた時、そこに何もなかったという後悔だけはしてほしくない。

世の中には、簡単に論評を書いて原稿料をもらう執筆家がいる。
体験もないのに、わかったような顔をして若者を語る。
痛みを知らないのに、会社のあり方を論じる。
そして、それを依頼するメディアがある。

深い体験を持つ人に取材するのではなく、とりあえず書ける人に、
とりあえず原稿を頼む。
その結果、軽い言葉が世の中に溢れる。

SNSと同じように、表面的な言葉が大量に生産される。

倉本聰さんの言葉は、違う。

体験に裏打ちされている。
痛みを知っている人間の言葉だ。
『優しい時間』で寺尾聰が演じた役についても、こう語っていた。

実は『優しい時間』で寺尾がやったことも、まさにそれなんです。あれは彼が金庫の中にしまっていた夢だった。その夢を息子が壊しちゃったわけです。だからひとりでその夢を取り出して実現させたってことなんですけどね。もともとは2人の夢だったから、やっぱりどこか彼は悲しいわけですよ。

倉本聰さん碓井広義さん対談⑤

この重み。
この深さ。
これが、本物の言葉だと思う。

自分がやりたいことの一つ。
それは、このようなことを今の人たちに伝えることかもしれない。

軽い言葉を批判するのではなく、重い言葉で対抗すること
体験に裏打ちされた言葉を書くこと。痛みを知っている人間にしか書けない文章を残すこと。

それが、自分の役割なのかもしれない。

金庫の中に、何もなかった。でも、今からでも遅くはない。
新しい金庫に、新しい夢をしまうことはできる。

いや、しまう必要もない。

今度は、金庫の外で生きていく
残りの自分の時間を大切にする。

ボクシング、いじめ相談、自分磨き、DIY、写真、クルマ旅、クルマ整備。そして、執筆と。

これが、自分の生き方だ。

倉本聰さんは、こう言う。

だから若い人は忘れちゃいけないと。しっかり鍵を持っていて、いい時期に取り出してやるべきなんだ

倉本聰さん碓井広義さん対談⑥

自分は、鍵を失ってしまった。
金庫を開けた時、何もなかった。

でも、そのことを、きちんと書き残したい。
若者に、同じ後悔をしてほしくないから。

明日はあたらしい私がはじまる

平原綾香さんの歌声が、また聞こえてくる。

そっと閉じた本に続きがあるなら、
まだなんにも書かれていないページがあるだけ。

平原綾香「明日」

自分の物語は、まだ続いている。
空っぽの金庫を抱えながらも、まだ続いている。
それを、書いていこうと思う。

新しい時間をひっそりはじめたい。

いつかの自分への、想い出として。
そして、誰かの心に届くことを願いながら。

…優しい時間は、もう戻らない。

でも、新しい時間は、今ここから始まる。

(終わり)

いいなと思ったら応援しよう!

組織人生も終焉に〜すぐに忘れるから大丈夫〜 よろしければサポートお願いします。もっと上質な内容に精進します!