食を通して春を感じる
春は、ふいにやってくる。
夫の職場の山本さん、85歳。夫がよく懐いており、他の人には言われたくないことも、年長の山本さんの言うことは素直に聞いているようだ。
山本さんはときどき、おやつをくれるらしい。以前、みたらし団子を持って帰ってきて、わたしもおこぼれに与った(というか、わたしのほうがよりたくさんいただいた)。
いつもよくしてくれる山本さんへのお返しを頼まれ、わたしのイチオシ・大口屋の餡麩三喜羅を買って帰った。柔らかくも引きのある生麩に、上品なこし餡。塩漬けの山帰来の葉に包まれており、うっとりするような爽やかな香りを纏っている。名古屋に来ることがあれば、ぜひ試してほしい逸品だ。
お菓子をお返しすると、またもお返しをいただいた。写真の山菜だ。山菜は、コゴミとシドケ。そして、調理済みのゼンマイの旨煮までいただいた。このたび、シドケというものの存在をはじめて知った。
コゴミもシドケもアク抜きがいらず、使いやすい。コゴミは天ぷら、シドケは白和えにしていただいた。ゼンマイはそのまま食べてもいいし、炊き込みご飯か混ぜご飯なんかもいいかもしれない。
夫が山本さんにLINEでおいしかったことを報告すると、テレビ電話がかかってきた。わたしも声のみ出演してお礼を伝え、次回山へ行ったときにはヤマメだかアマゴだかをいただく約束をした。
採れたての山菜を、山本さんのような温かいひとからいただく。春の訪れを感じるとともに、無償の思いやりに触れ、その大切さを改めて感じた。花粉や自律神経で乱れていた心身が、整いつつあるゴールデンウィークの終わり。

