眠れぬ夜は | 2026年をはじめるための2025年総括的日記
このblogの更新が滞り、あっという間に3ヶ月。
なんと〜〜!
遅ればせながら、本年もどうぞよろしくお願いします!
随分表舞台(ここ、わたしのnoteも十分舞台裏やけど)から姿を消し、さらに平坦な生活を送っていた。その間、短期バイトなんかをはじめては終え、誕生日も迎え、年末は家族で集まりぬるりと新しい年に突入していた。最近ようやく2026年に向けてどう過ごすかについて目を向けはじめたが、このままふわっと新しい年の素晴らしくなり得る日々を溶解することを阻止すべく、2025年がどんな年だったかをちょっくら振り返りたいと思う。
昨年は、入籍後半年ほど別居状態だった夫と同居するため名古屋の果てに引っ越し、それを機にこのblogをはじめた。失業保険をもらって生活してみたいという長年の夢を叶え、10ヶ月ほど何もせず過ごしていたが、友達も知り合いもいない土地で無職を貫くことは至難の業であった。よくしゃべるわたしの日々の発語量は圧倒的に足りていない。次にこういう機会があったら、即仕事を探そうと誓った。とにもかくにも人との関わりがあまりなく、慣れるまで気が狂いそうな数ヶ月を過ごした。
夏には初めて夫の故郷・トルコに訪れた。夫と出会うまでトルコに着目したことはなかったが、文化も言語も馴染みのないトルコでのひと月は、刺激的で夢のような日々だった。食べたことがないものはなんでも食べてみたいタイプのわたしは、覚えることが困難な語呂で構成された料理の名前を、それでもいちいち夫に尋ねた。後々振り返れるようにと、できる限りInstagramのストーリーズに載せた。
カッパドキアでは強風で気球は飛ばず、景色を眺めながらゴージャスなトルコ式朝ごはんをいただくという夢も破れた。夫の兄弟喧嘩の影響で満足に観光もできず、トルコ語が話せずコミュニケーションをとれないフラストレーションも相まって、夫の家族や親戚がいない隙に凝灰岩上で泣き喚いたりもした。
夫の実家で家族の手料理に舌鼓を打ったり、夫が学生時代を過ごした街を訪れたり、イスタンブールでうつくしいモスク(イスラム教の礼拝堂)も見学できたが、実は滞在中、初期流産に見舞われ、トルコの地でまさかの人生初入院を経験することにもなった。
いつもどんなに体調が悪くても食欲だけは失わないわたしが食べ物を全く受け付けなくなり、数日ほとんど物を口にしなかった。あっさりしたもの=お寿司なら食べれそうだし食べたかったが、お寿司が売っているお店を知っていると買ってきてくれたのはキンパだった。日本人が知っているトルコ料理もケバブくらいのものだろうが、日本のこともまた、世界ではまだまだ知られていないのだなと痛感したできごとだった。
きっと宗教や文化故であろうが、婦人科は男子禁制といった様子で、診察や入院にはずっと夫のお姉さんが付き添ってくれていた。街中でもそうだが、病院のスタッフや訪れる患者は好奇の眼差しでわたしを一瞥したり、無遠慮に凝視する子供たちもいた。嫌な感じは一切なかったので、嫌味を言っているわけではない。夫の実家がある街で日本人はかなり珍しく、はじめて目にする人も多い。なるべく、特に子供たちには笑顔を向けて挨拶し、日本人の好感度アップに勤しんだ。
ある看護師の女の子は、会えてうれしいと喜びを爆発させ、ハイテンションで歓迎してくれた。病院を訪れた理由も理由なので、当時のわたしはとても対応しきれる心持ちではなく少々イラつきもしたが、反面、ありがたく喜ばしくもあった。
入院自体は1日だけだったが、処置の苦しさに衣服を纏うことすら容易ではなく、ノーブラ+パンツ姿で吐瀉物や臭気にまみれ、ひと晩中呻めきのたうち回るという、人様にもっとも見せたくないあられもない姿をお姉さんに見せることになってしまった。大昔に訪れたカンボジアで食あたりになったときも相当苦しかったが(2時間半で体重が3kgも減った)、精神的なものも含め、その比ではないほどの辛さだった。
とはいえ、人とはそれらを乗り越えるよう設計されているもの。良くも悪くも諦めのいいわたしは、心身ともに早々に回復し、今はめちゃくちゃ元気にやっている。そんなできごとも含め、身になり糧となる経験をさせたもらったトルコ滞在。まだまだ伝えたいことや見てほしいものもたくさんあるので、またの機会に書けたらなと思う。
旅から帰ってすぐ、子宮頸がん検診の精密検査をして高度異形成という病気も見つかった。一般的にどの病院でも治りにくい段階なので手術必須といわれるが、手術はせず、自分なりに緩く生活改善をはかりひと月ほどで治すことができた。12月に2ヶ月ぶりに検診があったが、再度異常がないという診断が下り元気に過ごしている。高度異形成についてはかなり反響があったので、診断から治るまでの1ヶ月間の過ごし方についても忘れないうち書きたい。近日中に、とは思っている。
名古屋の果てに引っ越し、早1年が経過した。その間、夫の友達のトルコ人の方々やその恋人や奥さんとごはんをご一緒してお話したり、スイーツを食べに行ったりと、今まで関わることのなかった人たちと交流する好機にも恵まれた。2025年はなんやかんやあったが、結局とても楽しくいい1年であった。それはなにより、愛するパーフェクトな夫が隣にいてくれることにあると思う。離れていても関わってくれる友人や周りの方への感謝も抱いて、2026年も精進していきたい。
ちなみに、今年3月に地元・大阪に帰る予定であったが予定変更となった。また1年(もしくはそれ以上)は名古屋の果てに住むことが決定した。最近、新しく住む部屋を探すため大阪に帰り、会ったりメッセージをやりとりした友人に「3月には帰る!」とふれ回ってしまった。嘘を吐いてしまっている友人にはおいおい連絡するとして、もう少しここ名古屋の果てから今blogを(滞りなく)お届けできたらと思っている。
トップの写真はお正月にちょびっと搬入をお手伝いさせてもらった友人・きゅーちゃんのニット作品の展示風景。おみかんがお正月らしく、かわいさにきゅんとした一角。

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