217.腹に溜まった想い
割と細かい事が気になる性格である。
そんな性格が故に日常の中に疑問が生じる事が多々ある。
それぞれが大した話ではない。人に言うのもどうかという話ばかりだが、腹に溜まっているのでほんの少しだけ消化させていただきたい。
⚫︎野球のポジション
ピッチャー、キャッチャーがいて、外野にライト、センター、レフトがある。内野はファースト、セカンド、ショート、サードとなっているが、明らかにこの中に異端児が紛れ込んでいるのはお分かりだろうか。
名称的にライト、センター、レフトは右、中、左という美しい並び方をしている。ファースト、セカンド、サードも1、2、3という数字になぞらえた理路整然とした名称である。だがここに無理矢理ねじ込まれた感のある"ショート"という名の異端児がいる。明らかに浮いた名称。
いつどこで誰が付けた名称なのかは分からないが、その名称決定会議の時に『異端児が紛れ込んでます!』と疑問を呈(てい)する者はいなかったのだろうか。大した代替案は思い浮かばないが、例えばセカンドワン、セカンドツー程度でも良いから、少しでも整然とさせて欲しい。今からでも何とかならんのかと思っている。
⚫︎学校
一般的な順序で言えば我々は小学校から中学校へ行き、高校を経て大学に行く。短縮した名称で並べると小中高大。だがこの名称の並びにも違和感を覚えてしまう。単位を順序良く並べるなら小中大の方が整然としていないだろうか。何故、中と大の間に“高"という刺客を紛れ込ませたのだろう。この違和感に気持ち悪さを覚える者はいなかったのだろうか。小中大高の並びで全然いけただろうに。
名称の付け方だけではない。
⚫︎看板
例えばラーメン屋の看板に描かれた《ラーメン》の文字。このフォントが手書き風の場合だと"ン"の文字が"ソ"に見えてしまう事がある。
いや、飯屋の軒先に《ラーメ》の文字があったらそれは《ラーメン》なのは明らかだし、それを読んで《ラーメソ》って何だ?と戸惑う奴はいないだろう。それはまあ目を瞑れる。
だがこの場合、この《ラーメン》の文字を書いた側の立場になって考えてしまう。書き手はきっとラーメン屋の店主から"店の看板にするから書いてくれ"と依頼される訳で、そこには店を構える側の挑戦する心や覚悟があり、それを背負って一筆嗜(たしな)める事になる。重大な責務だ。
それが墨をつけ『ええい!』と筆を走らせた結果、『ラーメン』なのか『ラーメソ』なのか曖昧な文字を書いてしまった場合、もし書いたのが私だったらとりあえずボツにする。これじゃ納品できんと。だがそれを納品してしまっている。そしてそれを受け入れてしまっている。ある種のアートなのか、チャレンジなのか分からんが、素人の私から見れば雑さを感じてしまう。お互いが良いと言うなら良いのだけど、そんな看板を見る度に気になる。
⚫︎コンビニ
我々喫煙者はタバコを買いに行った際、コンビニに入ると、レジの裏に並べられたタバコの棚を眺める。自分の吸っている銘柄があるかどうか、そしてそれは何番の札が割り当てられているのかを確認する。レジで会計中の客の横に佇み『(こいつ、割り込もうとしてんのか?)』という、あらぬ嫌疑の目を向けられながら必死に探す。
といったムーブが必要になる。これに対して私は思う。
【全国一律でタバコに固定の番号を割り振って欲しい】と。
現状、銘柄とその番号はコンビニによってまちまちなのだ。店によって番号が変わるので、例えばマルボロは3番、セブンスターは7番のように全国的一律で固定して欲しい。私が吸っている銘柄が24番ならば、例え全国津々浦々どこに行こうがコンビニに行った際、私はただひたすら24番を追い求めれば良い。誰かに買い物を頼む時も24番をお願いすれば良いのだ。製造をしなくなった銘柄は欠番にすれば良い。
昨今、タバコを吸わない方も多く、コンビニともなればタバコの事など知らぬ未成年のバイトの方もいるだろう。聞く所によるとそういった若手のバイトさんはタバコを銘柄名で注文される事に戦々恐々としているらしい。
それら全てを解決する最高の一手【銘柄のナンバリング化】である。
まあこれも双方の思いを汲み取ったとき、ちょっと考えれば分かる話だと思うのだ。
少しズレるが、"ちょっと考えれば"と書いてふと思い出した事がある。
⚫︎会話
これが誰の会話だったのか、友人なのか、メシ屋の隣の席の会話だったのか定かじゃないが妙に覚えている大昔に聞き耳立てて聞いていた会話。
『なんかさ、忠犬ハチ公がハリウッドでリメイクされるらしいよ』
『へー。誰出んの?』
『リチャードギアだってさ』
『ハチ役?』
『いや、そこまでは分かんない』
いや分かるだろ。
聞く方も答える方も何を言っているのだろうか。リチャードギアがハチ公に扮装したものがハリウッドで映画化する訳ないじゃないか。ちょっと考えれば分かるだろ。と強く思った記憶がある。
こんな具合に細々と気になってしまう事が溢れている。自分的にはそれが普通だからそこまで追い込んだりしないが、きっと生きやすいか生きにくいかで言ったら生きにくいスタンスなのだろうとは思う。
周りに言っても大変だねで終わらせられる事も多いが、稀に同じ様なスタンスの人を見つけると『分かる!わかるぞ!同志よ!』とテンションが上がる。ただ、私がちょっと気が優れない時などに遭遇すると『(ああ、面倒だ)』と思う事もある。という事は大概の人が私のこの話に対して面倒だと思う可能性が高いので、あまりそんな性格を出さない様に気をつけている。
結果、こうして腹に溜まってくるので、たまに解放してあげているのだ。お付き合いいただき、ありがとうございました。
おわり
