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触覚を去勢された都市で、マッチを擦る「ニセモノの夜明けを歩く君は」


首筋に落ちたはずの冷気が、皮膚の受容体へ届く前にふっと消え去る。管理された天井、完璧な無菌室。無音。

私たちはいつから、これほど静かに窒息していたのだろう。

ここに提示された物語『ニセモノの夜明けを歩く君は』は、心地よさという名の絶対的な檻に囚われた人間が、自らの肉体を取り戻していく生存の記録だ。

痛覚という名の、最後の錨

主人公である志堂は、無味無臭の完璧な栄養ペーストを流し込むだけの毎日に耐えかね、口内にプラスチックの破片を放り込む。
奥歯で噛み潰す。バキリと頭蓋を揺らす破壊音。
歯茎から滲み出る血の、鉄錆のような生々しい味。その痛みが、志堂にとって生存を自覚する唯一の手段だった。

この世界では、すべてが先回りされている。苛立ちを覚える前に室温が下がり、不快な雑音はシャットアウトによって消滅する。他者との擦れ違いすら起こらない。人々は、自分だけに平坦化された「心地よい繭」の中で、穏やかに、だが着実に生気を失っていく。

そこに現れるのが、粗い麻の衣服を身に纏い、赤黒い擦り傷を放置した女、アサだ。

アサは、志堂を都市の最暗部へ連れ出す。そこで行われるのは、錆びた鉄パイプに一本のマッチを擦りつけるという、不確実極まりない遊戯だ。

シュッ、という乾いた音。爆ぜるオレンジの炎。ツンと鼻腔を刺す硫黄の匂い。

風の動きによって不規則に踊る生の火は、完璧な調和を求める管理網に大きなゆがみをもたらす。予測が外れるたびに、脳が、神経が、狂おしく火花を散らす。

不完全さという、人間の領分

二人は世界の深部へと這い進む。零下の寒気が肺胞を凍らせ、喉を引き裂く咳が涙を絞り出す。

泥にまみれ、引きち切れんばかりに手を握り合う志堂とアサ。その不格好で、不衛生で、痛みに満ちた冷たい暗闇の中でこそ、二人の鼓動は重なり合う。

私たちは無意識のうちに、傷つかないための防壁を日々築き上げているのかもしれない。他者との衝突を恐れ、滑らかな画面の向こうに広がる「予測可能な安心」に身を委ねてはいないか。

快適さに去勢された現代の精神に、鋭い一撃を浴びせる。

「不快」や「痛み」を肯定すること。泥の冷たさを、コンクリートのざらざらとした凹凸を、生身の皮膚で受け止めること。

完璧な黄金比で作られた世界を拒み、歪んだ絵の具を擦りつける少年の美学が、ここにある。

予定調和な大団円ではない。世界は相変わらず灰色で、冷たく、傷口はうずく。

それでも、自分自身の脳で、世界を再解釈し直す一歩だ。

このざらざらとした、しかし愛おしい現実の夜明けを、私たちは一歩ずつ、摩擦を確かめながら歩き始める。


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蘇芳 誠(すおう まこと) 「利益」をもたらすコンテンツは、すぐに廃れます。 不況、インフレ、円安などの経済不安から、短期的な利益を求める風潮があっても、真実は変わりません。 人の心を動かすのは「物語」以外にありません。 心を打つ物語を発信する。 時代が求めるのは、イノベーティブなブレークスルーです。