【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈40〉名探偵のいる教室(最終回)
(注意)
この作品は連載ミステリで、記事の中で事件の犯人などが明かされています。
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〈40〉名探偵のいる教室
翌朝、理緒のいる四年二組は、いつもと変わらない平凡な朝を過ごしていた。生徒たちのしょうもない会話や、笑ったり騒いだりする声が聞こえる。
ただ、教卓の横では、友光先生と佐々木が何やら話しをしていた。理緒はそんな二人を自分の席から見ていたが、会話までは聞こえてこない。二人は昨日、激しく口論していた。また言い争っているのではないかと思うと、理緒はちょっと不安になった。
二人はやがて話をやめ、佐々木が自分の席へ戻ってきた。理緒はおそるおそる、自分の斜め前に座る佐々木に、先生との会話の内容を尋ねた。
「どうしたの?先生と何話してたの?」
佐々木は言った。
「いや、昨日のことで謝られたんだ。佐々木くんの意見は間違ってない、私もすごく勉強になったって。」
理緒はホッとした、
「へ~。そうだったんだ。」
「僕も先生の言うことの根底には、戦争や差別を憎む気持ちがあるってことは理解してるし、そういう根っこの思いは共通なんだから、決して先生と対立するつもりはなかったって伝えたよ。」
その顔は晴れやかで、いつもの佐々木らしい爽やかな笑顔だった。
理緒は心の中で思った。
「良かった。二人は仲直りしたんだ。昨日の佐々木くんの話は難しくてよく分からなかったけど、佐々木くんも先生も本当は悪い人じゃないからな。きっと仲良しに戻れると思ってたよ。」
理緒は改めて教室を見回した。そこには、いつもと変わらない平凡な日常が広がっている。そうしていると、昨日の先生との放課後が、ほんとうにあったのかどうか分からないような、そんな夢の中のできごとみたいに感じられた。
先生は理緒の考えを受け入れてくれて、いつも通りの優しい先生に戻ったし、『七つ首学園の怪事件』は先生が新しく買って図書室に納入することになった。すべては元通り、平和な学校生活が取り戻されたのである。
しかし、理緒の心の片隅に、そんな平和な日常を、ちょっと退屈に感じる気持ちがあるのも事実だった。
「事件が解決して良かったけど、なんとなく寂しいな。やっぱ、私はミステリが好きなんだ。いつも、謎めく事件が自分の目の前に広がってないと気が済まないんだよ。」
そう、彼女は筋金入りのミステリ中毒なのである。
理緒は心に決めた。
「よし!放課後、新しい本を図書室に借りに行こう!あらたな謎が私を呼んでいる!」
探偵は解決済みの事件に興味はない。理緒は、新鮮な謎がぷんぷんと怪しげな香気を発する次なる事件へ、早くその頭を突っ込みたい欲求に駆られた。現実の事件の終わりとともに、彼女の生活もまた、いつもの日常に戻ったのである。
こうして、『七つ首学園の怪事件』へのラクガキ騒動は幕を閉じた。
学校全体を揺るがす…というほどではないが、たしかに謎めいていて、そして、その奥に、犯人の幼少期に根差す心の闇が、意外と深く横たわっていたこの事件を、理緒はみごとに解決したのだ。もっとも、鷹羽を誤認逮捕したことを筆頭に、捜査の過程で数々の失態を犯しはしたが、新人探偵の初めての事件としては及第点だろう。
理緒は胸ポケットから虫メガネを取り出すと、ハンカチで念入りにレンズを拭きはじめた。このところ出番が多かった虫メガネ。探偵の象徴とも言えるこのアイテムのおかげで、理緒の捜査は幾度となく進展した。レンズを拭く手にも、自然と力がこもる。
隣の席から小春が聞いた。
「理緒ちゃん、もういいんじゃない?十分きれいだよ。」
理緒は答えた。
「そうはいかない。また事件が起きるかもしれないからねっ!」
その声は得意気だ。
理緒は虫メガネを拭き終えると、くもりひとつないレンズを窓の外にかざし、その向こうの青空に、次から次へと名探偵たちのを姿を思い浮かべた。
シャーロック・ホームズ。ミス・マープル、明智小五郎、エルキュール・ポアロ、金田一耕助…
そして、小寺理緒。
「きっと今回のことで、名探偵たちも私のことを一人前の探偵だって認めてくれただろうな。へへっ!」
その時である。
理緒の机をドンッと叩いた者がいた。
「小寺さん!」
理緒はビクッとして、椅子から数センチ体が跳びあがった。
「へ!?」
理緒は椅子に着地したあと、机の前に立つ人を見上げた。そこにいたのは、自分より少し背の高い、メガネをかけた女子だった。そう、図書室の支配者尾崎である。尾崎はいつも以上に威圧的なオーラを身にまとい、理緒の前に立ちふさがっていた。
「お、尾崎さん…?どうしましたか…?」
怯える理緒へ、尾崎は地獄の底から沸き上がるような低い声で、短い言葉を放った。
「あなた、返してないわね。」
尾崎のメガネが鋭く光る。
「はい?」
「だから、返してないわね。」
「返す?何を?」
理緒には何のことか見当もつかない。
次の瞬間、尾崎の怒号が教室に響いた。
「ふざけないで!あなた、『七つ首学園の怪事件』、図書室に返してないでしょ!どういう神経してんのよ!」
「ひい!」
間髪いれず、尾崎はものすごい剣幕でまくし立てた。
「私の記憶に間違いがなければ、あの本、昨日が返却期限だったわよね。昨日の放課後、私は下校時間ギリギリまで図書室にいたけど、あなた返しに来なかったでしょ!」
「あ!そう言えば!」
理緒はすべてを思い出した。たしか、あの本は昨日までに返さなければならないのだった。昨日の朝、理緒はそのことを確認してカバンに入れたのだが、その後、ラクガキ事件の推理が急に進んだので、本を返すことなどすっかり忘れていたのだ。
「許さない。本を返さない人、絶対に許さない…」
尾崎はその背中にただならぬ殺気を帯びながら、理緒に迫ってきた。理緒は口ごもりながら弁明した。
「でも、それには事情があって…。私は捜査のために…」
ドンッ!と尾崎がもう一度、理緒の机を叩いた。
「言い訳は許さないよ!それにあなた、昨日、図書室から出て廊下走ってたでしょ!どういう神経してるの!?小寺さん、あなた、とうぶん図書室で本借りるの禁止よ!」
「ええっ!?」
それを見ていた岡が、
「小寺のやつ、叱られてるぞ~」
と言って笑った。岡の手に乗っていたトノも「ケロッ」と鳴いた。
理緒は尾崎にすがりついた。
「そんな~。私、ミステリがないと生きていけないんですぅ。そういう人間なんですぅ。」
尾崎はメガネを直しながらキッパリと言う。
「そんな人間いるわけないでしょ!探偵ごっこも、いいかげんにしなさい!」
「ひえ~」
五月の空は、昨日とはうって変わって青く澄みきっている。理緒には、そんな青空から、
「ハハッ!事件に夢中になって、社会のルールを守れないようじゃ、君はまだまだ名探偵とは言えないね!」
という、皮肉たっぷりの笑い声が聞こえた気がした。
おわり
〈目次〉
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