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90歳、SNSデビュー!遅咲きの母と娘が紡ぐ奇跡の物語

95歳の母は、人生の師です。
90歳でSNSデビューし、個展を開き、多くの人に感動を与えました。母が教えてくれたのは、「人生はいつでも、どこからでも、花開く」ということ。

これから始まるのは、90歳で新しい才能を開花させた母と、その才能を信じて共に歩んできた70歳の娘。二人が紡ぐ「遅咲きの物語」です。

語り手は母。その言葉を、娘の私が書き起こしました。
母の言葉には、人生100年時代を豊かに生きるヒントと、私たち親子の絆を深めた奇跡の物語が隠されています。


個展の会場で最高の笑顔を見せる母(当時93歳)。来場者の方々と、イラストについて楽しそうに語り合っていました。この個展が、母にとって長年の夢が叶った瞬間だったのです。



母が描いた親子のドライブシーン。温かいまなざしが、見る人の心を優しく包み込みます。母の作品には、いつも愛が溢れています。




【1】90歳、まさかのSNSデビュー!?突拍子もない提案


初めまして。95歳のばあばです。まさか私が、90歳からSNSデビューするなんて、夢にも思っていませんでした。少し長くなるけど、おばあちゃんの話を聞いてくださいね。

娘は、時々、本当に突拍子もないことを言い出すんです

90歳の私に、突然、「お母さん、親子でブログを書こうよ!」って。「ブログって、何のこと?」と聞くと、「SNSでね、親子の日常を日記に書くの。毎日エッセイと俳句を載せるのよ。きっと楽しいよ」と言うんです。

「SNSは、よう分からんし、めんどいことは嫌なんよ」と、答えると、「とにかく私に任せて!お母さんが担当するのは、イラストと俳句だから」と、つけ入る隙がありません。

「SNSなんか、操作も分らんし、携帯もガラケーで、電話に出るのが精一杯なんじゃけん」と拒むと、「大丈夫よ、イラストを上げる作業は私がするから」と、もうやる気満々。「SNSであんまりいいニュースも聞かんしね、炎上とかあるんじゃないの?」と言うと、「そんなことには絶対させないから!」ときっぱり否定されました。

「お母さん、俳句を詠んでるでしょ、それに合ったイラストを描いて欲しいの。『イラストと俳句のコラボ作品』を載せる予定だから」と、もう勝手なことを言ってくるんです。

この歳でブログを書くなんて、考えたこともなかったし、俳句とイラストを組み合わせるなんて経験もなかったので、絶対に嫌だと答えました。

「俳句とイラストが一緒になってたら、分かりやすいと思わない?俳句をたくさんの人に知ってもらうためには、最高のアイディアだと思うんだけど」と、畳みかけてきます。

私は娘の熱意に圧倒されて、親子でブログを書くことを渋々引き受けました

あの時、断っていたら、私は花を咲かすこともなく、娘とも心がすれ違ったまま、味気ない毎日を送っていたと思います。


(娘の心の声)
母を必死に説得したのは、二人で笑い合える時間を取り戻したかったから。どうせなら、母の温かいイラストと俳句を組み合わせて、誰かの心を癒せるようなブログにしたかったんです。


【2】コロナ禍で大ゲンカ!崩壊寸前の母娘関係、SNSが救う?


定年退職した娘との関係が、コロナ禍でここまで悪化するなんて、想像もしていませんでした。娘の定年は2020年の春。自宅にこもる毎日に、うんざりしているようでした。以前は夜遅くまで会社にいて、忙しかったから、退屈な日々がストレスだったんでしょうね。


コロナ禍に、二人の関係は悪化しました。

二人の関係はどんどん悪くなっていきました。毎日顔を突き合わせているので、ついつい言いたいことを言ってしまい、喧嘩が絶えなくなったんです。

例えば料理です。娘の作る料理は味が薄く、私の舌には合いません。つい余計な一言が出てしまうんです。
「今日の卵焼きは固くて味がしないね。醤油を少し入れたらええのに。私は甘い卵焼きは苦手なんよ」と言うと、「これはね、出汁を入れて上品に仕上げたの。だからほんのりと甘いのよ」と返してきます。


料理の味など、小さなことが、バトルの引き金になっていました。

掃除のやり方も気に入りません。掃除機をかけるのが適当で、隅々まで行き届いていないのを見て、「もう少し、丁寧にやらんと、ホコリが残っとるよ」と言うと、娘はむくれて、嫌なムードになります。

テレビの趣味も合わず、私がボリュームを上げすぎると、文句を言われる始末。リビングにいても、足元から冷たい風が吹き抜けるようでした。
いつしか私たちは、話すことすら億劫になり、関係はまさに爆発寸前でした

いよいよ我慢しきれなくなって、「あんたとおっても、心がちっとも癒されんのよ。寂しい限りじゃ」と言うと、娘も「私だって同じよ。癒されるわけないでしょ、愚痴ばっかり言われて」と声を荒げたのです。
娘の言葉は私の胸にぐさりと刺さり、たまらなくなって涙が溢れました。それからしばらくの間、私たち親子の冷戦が続いたんです。

顔を合わせたくないので、食事の時間をずらしたり、話さなくてもいいように、娘は自室にこもるようになりました。二人の距離が、どんどん遠くなってしまって、心が折れそうでした。

そんな状態が数週間続いたある日、娘が突然ブログの話を持ち掛けてきたのです。それは、娘なりの考えがあってのことでした。

娘の心の声)
もう一度、二人で笑い合いたい。母の笑顔を見て、私も癒されたい。ブログを始めれば、きっと母との関係を修復できるはず。私はそう信じていました。


娘が言ってきたんです。「二人で協力してブログを書いたら、違う関係性が生まれると思うのよ。私もブログでエッセイが書けるし、お母さんの俳句もみんなに見てもらえるし、それぞれに潤いが生まれるはず。一緒にやろう!」娘からの、親子の仲を修復するための、大胆な提案でした。

「SNSをやりよる90歳なんかいるんかな。私はパソコンもスマホも分らんよ、この歳で始めるんは、ほんと難しいわい」と言うと、「今は自由に外には行けないでしょ。何もしないでいると、頭は衰える一方だし、人との繋がりもないでしょ。でも家にいて世界とつながるんだから、二人でやってみよう。私も頑張るし」と燃えていたので、仕方なく娘の生きがい作りのために、思い切って引き受けました



【3】90歳、筆を執る!SNSイラストデビューは悪戦苦闘


私の担当は、イラストと俳句のコラボ作品。俳句は40年以上続けていたので、不安はほとんどありませんでしたが、イラストには、自信がありません。どうしようかと悩んでいると、「お母さんが毎日つけている絵日記、あのタッチがいいと思うよ。上手じゃないけど、味があるからね。あんな風に描いたらいいと思う」と、娘は気楽に言うんです。

夫が亡くなった20年ほど前から、その日の出来事や俳句を日記に書き綴っていました。すぐに思い出せるようにと、日記にイラストを添えていたんです。

落書き帳に書いている母の日記。その日の出来事にイラストが添えられています。


日記に添えられたイラストと俳句。母の創作の世界が記録されています。

その絵を見て娘が、イラストを描いてほしいと頼んできました。私レベルのイラストを見て、世間の皆さんが何というか。心配が膨らんで胸が張り裂けそうになっていました。
SNSで発信するなんて、恥ずかしい。でも引き受けたからにはやるしかないのです。


イラストを勉強したこともないし、描くことを楽しんでいただけなんです。ブログに載せるためには、イラストの技術を磨かないといけないと思って、90歳からの学びが始まりました

初めて描いたのは、ブログのタイトルに使うイラストです。

娘は「二人の似顔絵にして、デザイン性があって、オリジナリティーがある、お母さんらしいイラストにしてよね」と気軽に言います。なんて難しいことを、要求するのかと思いました。
「お母さんらしい、オリジナリティーにデザイン性、私に何を求めているんじゃろ」と頭の中で、はてなマークがぐるぐる回っていました。


日記で使っていた画材はクレパスでしたが、手が疲れないように筆ペンにしました。しかし筆ペンは一発勝負なので、線のブレや滲みが気になって、何枚も描き直しました。ほんとにしんどかったです。

デザインが思いつかないので、苦手な体を描かないで、顔だけにしようと思ったり。悩んだ時は、テレビや雑誌を見て人の姿を観察したり、イラストの原画集も参考にしました。恥ずかしい絵は絶対に描けないというプレッシャーで、押しつぶされそうでした。

手の動きなど気にしたこともなかったのですが、娘にモデルになってもらってデッサンして描いたんです。

一番難しいのは目。天眼鏡をかけて、自分の目を細めながら、若い頃の娘の愛らしい笑顔を思い出して、震えないように、集中して、つぶらな瞳を描きました。


娘の依頼で描いたブログのタイトルのイラスト。二人のファッションが個性的です。

やっと出来た作品を娘に見せると、「いいんじゃない。お母さんらしいキュートなイラストになってる。洋服のデザインも凝ってるし、ブログのスタートにふさわしいと思うよ」と褒めてくれて、ほっとしました。

私はファッションが大好きで、おしゃれな女の子の洋服をいつも見ているので、娘はそんな所を褒めてくれたんだと思います。


俳句にイラストをコラボさせるのは、とにかく難しかったです。
「鍵盤の指軽やかに春を呼ぶ」という句を詠んだので、その句に合わせてイラストを描きました。イラストと俳句のコラボ作品ですから、二つが良いバランスでマッチしないとダメなんです。

紙の全面にグランドピアノを大きく描いて、私が横にちょこんと座っている様子をデザインしました。次女がピアノを弾いていた姿を思い出しながら描きましたが、指の動きがなかなか上手に描けません。

また娘にモデルになってもらいました。その時は何枚描いたか、記憶にありません。そんな時は、絵を勉強していたら上手く描けるのになあと、後悔ばかりでした。


苦労して描き上げた、イラストと俳句のコラボ作品「鍵盤の指軽やかに春を呼ぶ」



苦労が報われたのは、ブログがSNSに上がった時です。イラストを見て、とにかく感動しました。スマホの画面に自分のイラストが映ってるだけで嬉しかったのです。

作品が特別なものに見えて、イラストからピアノの音色が聞こえてきそうで、誇らしいと感じました。

一番うれしかったのは、皆さんからの反応です。
初めて投稿した時、SNSのコメント欄を娘が見せてくれました。「90歳のおばあちゃんが、こんなイラストを描けるなんて、素晴らしいです」「若々しくて、力強いイラストで、おばあちゃん凄い」「おばあちゃんのイラストを見て、私も昔やっていた絵をまた始めることにします」など、全然知らない人たちから、温かいメッセージが届いていました。想像もしていなかった反響に、胸がいっぱいになり、心でハートが踊っているようでした。

全国から、驚きと励ましのメッセージが届くようになって、イラストを描く張り合いになりました。メッセージを娘に読んでもらうのが毎日の楽しみになったんです。

この歳になって人から褒められることなどほとんどありませんでしたから。皆さんからのメッセージは、私にとって大きな励みになったんです。まるで、長い間眠っていた何かが、ゆっくりと目を覚ましたような感覚でした。

イラストが、私に力をくれたんです。絵筆を持つたびに、新しい自分に出合えるような、そんな喜びを感じました。

(娘の心の声)
母の温かくて優しい人柄がにじみ出た作品は、きっとたくさんの人に感動を与えられるだろうと信じていました。毎日、熱心に絵筆を走らせる母の姿を見て、「お母さんは本当にすごい」と心から尊敬しました。


【4】韓流ドラマからトレンドハンターへ!90歳の華麗なる変身


私、実はイ・ビョンホンのファンだったのよ!それがね、ブログを始めてから、私の生活は一変しました。暇が出来ればベッドに横になって好きな韓流ドラマ三昧だったのが、一日のほとんどをリビングで過ごすようになったんです。

新聞を読んだり、テレビを見たり、雑誌やチラシを読みながらその時期のトピックスを探すんです。イラストの参考にするために、新しい情報を見つけていました

「この間買ってきたファッション雑誌を見せてや。おしゃれなイラストが描きたいんよ」と言うと、娘が目を丸くして「えーっ、お母さん、ホント!情報ハンターみたい。私も見習わんといかんね」そんな会話を楽しむようになりました。

お洒落は昔から好きで、ベレー帽を被っていますけど、まさか90歳になってトレンドを追うようになるとは。情報を知ることが、ただただ楽しかったんです。新聞の読み方もテレビの見方も変わって、隅々まで見逃さないようになりました。


工房のリビングでイラストを描く95歳・その筆先からは様々な作品が生まれます。


筆の運びに迷うことはありません。一気に描き上げます。

イラストは毎日5、6枚描きます。B5の落書き帳を使って、黒の筆ペンで輪郭を描いてから、カラーの筆ペンで色を塗ります。手の力が弱ってきているので、スラスラ描ける筆ペンが一番いいんです。

「高齢なのに、ブレが少ないですね」とよく言われますけど、イラストを描いている時は、集中しているので、力強く描けるんです。

ブログに慣れてくると、娘の要求がどんどん大きくなって、それに応えなければと一生懸命でした。

もっと上達したいという思いが湧いてきて、ヨーロッパの印象派や江戸時代の浮世絵画家の図録を何冊か買って、模写をしながら学びました。絶対に上手くなりたかったんです。模写することで、画家のテクニックを真似たいと思いました。


印象派の作品を模写することで、光の移ろいを学んだ。


広重の浮世絵からは、細部へのこだわりを学んだ。


描けば描くほど、身についてくるのがわかります。90歳からでも好きなことが見つかれば、人は学べるんだと知りました。

描いているうちに、自分らしいイラストが描けるようになってきて、私や娘の若い頃をイメージした、少女漫画のような女の子を描いたり、モダンなスタイルの大人の女性や水墨画のような風景もたくさん描きましたよ。


少女をイメージしたイラスト


母の個性が溢れたモダンなイラスト



愛媛県の樹齢3000年の大楠



イラストと俳句のコラボ作品「山里の冬の紅葉を見納めぬ」



観光松山のシンボル松山城の見事な石垣を描く。


朝の光の中でイラストを描くのが仕事のようになって、充実した毎日を過ごしていたある日、娘から夢のような提案があったんです。


(娘の心の声)
母のイラストの上達ぶりを見て、「人は好きなことに出合えばいくつからでも進化するんだ」と確信して、その奇跡的な出来事を多くの人に伝えなければと思って、新しい挑戦を考えました。取りあえず、動き始めようと思ったんです。


【5】93歳、夢を叶える!ばあばのイラスト展、笑顔に包まれて


SNSでブログを発信するようになって2年ほど経った頃、娘が突然、「お母さん、個展を開こう。集大成になるよ。たくさんの人に見てもらって、90歳からでも花が開くことを伝えよう」と言い出したんです。その言葉が私の心に響きました。

「個展を開けるなんて最高にうれしい」と思ったんです。特に裕福な家庭でもなかったので自分のわがままを聞いてもらえるような環境ではありませんでした。趣味を楽しむよりも、お手伝いが優先。そんな私が個展を開くなんて夢のまた夢。実現すれば、こんな幸せはないと思ったんです。

一年かけて、場所探しから始めて、作品の展示の仕方や、見せ方など、一つ一つ決めていきました。

会場はシルバーカーで移動できる場所でないといけません。娘が率先して探してくれましたが、なかなか見つからず、「お母さん、高齢者に優しい会場は本当に見つけるのが大変だね」と頭を抱えていました。

会場は、イラスト展に賛同してくれた地元のデパートに決まり、個展のタイトルはシンプルに「ばあば夢のイラスト展」にしました。作品の点数は、娘のアイディアで私の年の数だけ、93点です。

描き貯めていた15000点の中から絞り込むのが一苦労。お気に入りの宝石の中から、特別なものを磨き上げるように、選びました。もっとたくさん展示したかったんですけど、涙を飲んで、選んだんです。


リビングに作品を並べて、今まで描いた15000枚から93点を選ぶ作業。

次は展示方法で悩みました。ギャラリーを運営している会社の方や、個展の経験がある友人に教えてもらいながら、作品を一度コピーして、発泡スチロールに糊が付いている、貼りパネルに貼って展示することにしたんです。

展示の順番も考えました。自宅の壁を展示会場に見立てて、マスキングテープで仮に貼って、作品それぞれが、よくみえるように、何度もシミュレーションしました。

イラストを壁に貼って、それぞれの作品を生かすために、バランスを確認。


ブログを始める前までは、喧嘩ばかりしていた娘とも、理解し合って、仲良く過ごすようになり、同志のような関係で、夢のイラスト展の準備をしたんです。


いよいよ「ばあば夢のイラスト展」が始まると、1週間はあっという間でした。会場の入り口では親子のプロフィールを紹介して、ハートをモチーフにしたイラスト、地元愛媛の風景、そしてイラストと俳句のコラボ作品を春夏秋冬に分けて展示したんです。

やっと開催にこぎつけた「ばあば夢のイラスト展」会場はここからスタートです。



ばあばが大好きなハートがモチーフのイラストたちが迎えます。



ばあばの個性が光る、イラストと俳句のコラボ作品(春夏秋冬)



イラストと俳句のコラボ作品:「図らずもコーヒータイム赤とんぼ」


会期中多くの人が訪れて、感動の声が聞かれた個展会場。



シルバーカーで会場入りのばあばは真剣にそして嬉しそうに会場を見て回りました。


制作の頃を思い出しながら作品一つ一つを鑑賞するばあば。


個展会場でのばあばは、幸せいっぱいでした。


開催中には、娘の友人や知人、メディアで情報を知った人など、1000人以上の人たちが訪れてくれて、会場は笑顔にあふれていました

私の自信作の「人誰も逝く日を知らず曼珠沙華」の前では、涙ぐんでいる人もいて、私まで目頭が熱くなったんです。


自信作:イラストとコラボ作品「人誰も逝く日を知らず曼珠沙華」



今、こうして思い返しても、あの日くらい幸せな時間を過ごしたことはありません。会場で感動してくれた人たちが、話しかけてくれるんです。

「えー、おばあちゃんが描いたの?モダンなイラストですね」「私なんかまだ80歳だから、おばあちゃんを見習って、頑張らないと」「ほんとに、何歳からでも好きだったら、上手になるんですね、おばあちゃんの絵、大好きです」そんな嬉しい感想を聞いて、イラストを独学で頑張って、本当によかったと思いました。


会場の芳名録に残された来場者からの愛に溢れたメッセージ


たくさんの温かいメッセージに幸せをもらったばあばです。


個展には東京に住んでいる次女の家族も駆けつけてくれて、幸せな時間でした。愛のある言葉とたくさんのパワーをもらった「ばあば夢のイラスト展」は、私の一生の宝物です。


「ばあば夢のイラスト展」最後日、ばあばの笑顔は弾けていました。


(娘の心の声)
ばあばの個展をどうしても成功させたかったんです。出来るだけたくさんの人に来てもらって、「人生はいつからでも、どこからでも花開く」というメッセージを伝えたかったので、疲れなど少しも感じませんでした。



【6】95歳と70歳、二人三脚で咲かせた遅咲きの花~娘、コラムデビューで新たな夢へ


イラスト展で、私たち親子は本当にたくさんの元気をもらいました。
テレビ局に勤めていた娘は、毎日新しい情報を見つけて、視聴者の人たちに分かりやすく伝えようと、ずっと頑張ってきた人。でも、コロナ禍で定年し、やりたいことができずにいたんです。
だから、個展を開催するために、それまでのノウハウをフル活用してくれました

「開催の時期は、絶対に敬老の日の前にするべきよ。取材してもらいやすいから」って、マスコミの取材依頼に東奔西走していました。

言った通り、テレビ局や新聞社、フリーペーパーも取材に来てくれて、私はほんのひととき、時の人になったんです。テレビカメラの前で、イラストを描いたり、キャスターから、インタビューを受けたり。

イラストを始めたきっかけや、描く時のポイント、それに好きな食事のメニューまで聞かれて。「ステーキ!」って答えちゃた(笑)。
93歳のおばあちゃんが主役になれるなんて、本当に幸せでした

取材のアテンドはもちろん、来場者への説明や、撤収まで、娘はくたくたになっていましたが、やりがいのある個展だったと思います。私たち親子はお互いを思いやりながら、個展を無事終えようと、がっちりスクラムを組んだんです。


イラスト展には、後日談がありました。

個展会場に来てくださった方が、地元新聞の読者投稿欄に「イラスト展で、おばあちゃんの作品から元気をもらい、親子の二人三脚の姿に感動しました。素晴らしい展覧会でした」という嬉しい記事を書いてくださったんです。

その記事がきっかけで、娘が個展に来てくださった方たちへのお礼と、「ばあばは今も元気で頑張っています!」というメッセージを込めて、同じ新聞に投稿したんです。すると、その記事が採用されたんです。

それ以来、娘は熱心に新聞へ投稿するようになり、2年間で30本以上も掲載され、書くことの楽しさに目覚めたようです。
たった一つの記事が、娘の人生を大きく変えたんです。

ある日、娘が急いでリビングに降りてきて、桜の花が咲いたような、とびっきりの笑顔で言うんですよ。

「お母さん、大ニュース!何だと思う?新聞社から私にコラムを書いて欲しいって言ってきたの!しかも毎週!」見たこともないような、はしゃぎようでした。

「それは凄いね、やったらええがね」と言うと、「力不足でも引き受ける!お母さんも、私もチャレンジャーだから。イラスト展の後は、私がコラムデビューさせていただきます!」って。

親子のブログ発信が、娘の人生にも花を咲かせた瞬間でした。嬉しくなって、思わず拍手を送ると、娘は両手で顔を覆って、嬉し泣きしていました。

娘のコラムは、アナウンサー時代の体験談や取材の思い出、地域の魅力など、話題が豊富です。初めて書いたコラムは、自己紹介でした。飾らない自然な文章で自分を素直に語っていて、読んでいる私も胸が熱くなりました。本人は本当に嬉しそうで、記事を写真に撮って、友人たちに送っていました。もちろん、新聞は毎回大切に、ストックしています。

娘は「読む人が笑顔になるコラムが書きたい」って言っています。読者の皆さんからは「毎週楽しみに読んでます」「気負わないで頑張って書いてください」と温かい声をかけていただけるそうです。

私も毎週、楽しみに読んでいます。娘はどうやら将来エッセイストを夢見ているらしく、今回のコラム連載は、夢に近づく一歩になりました。

親子のバトル解消から始まった、二人三脚のブログがきっかけで、私にも、娘にも、こんな素敵な花が咲きました。95歳のおばあちゃんと、70歳の娘が人生の終盤で遅咲きの花を咲かせることができたんです

喧嘩ばかりしていた親子が、今はお互いに思いやりながら、毎日楽しくブログを書いています。

私の目標は、100歳になっても元気で絵筆を握り続けて、たくさんのイラストを描くこと。それまで小さな花をいくつも咲かせながら、残りの人生を彩っていきたいと思っています。だって、私の第二の人生は、まだ始まったばかりですから!

皆さんも、いくつになっても諦めないで、自分だけの素敵な花を咲かせてくださいね。



【娘からのメッセージ】
95歳の母と70歳の娘の遅咲きの物語、いかがでしたか。
この物語を通して、母のメッセージが、皆様の心に届くことを心から願っています。
もしあなたが何か新しいことを始めたいと思っているなら、年齢を理由に諦めないでください。95歳の母が証明したように、人生はいつからでも、どこからでも、花開くことができるのです。

さあ、あなたも一歩踏み出してみましょう。

私たちは、この物語を、いつか絵本にしたいと、夢を語り合っています。母のポップなイラストに、私が物語を紡ぎ、読んだ後に、何かを始めようと思えるような、夢いっぱいの絵本になったらいいなと思っています。


ばあばが描いた親子のイラスト。いつも二人は一緒です。




遅咲きの花を咲かせた親子・95歳の母と70歳の娘やっぱり似たもの同士です。





またいつか、お会いしましょう。


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