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仏教系学園ラブコメ小説 「ダーリンはブッダ」 第十二回 好きな人のこと考えると、考えすぎて頭痛がしてくるよね

あと少しで手が届きそうなのに……届かない。この手は届くの? それとも……。 

「もう少し、右! もう少し! 相原君、重くない? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です。大丈夫に違いありませんっ! 重いだなんてとんでもない!」
 相原が肩にヒカルを乗せて顔面を真っ赤にしながら茶道部の茶室にある天井のダクトの下で直立していた。
「やだ! ここもネジがきつくて開かない……」
「えっ?」
 相原が上を向くと視界にヒカルの長く伸びた足と白い物がちらついた。ヒカルはカッと赤くなって相原の顔面を蹴飛ばした。
「こっち、見ないで!」
「すず、ずびばせん……うお、ああっっとう!?」
 顔面を蹴られた相原が体勢を崩して前のめりになると、ヒカルは足場を失い「キャーッ」と落下してきた。それを相原が根性で床から守ろうとすると、ヒカルは相原の胸に覆い被さるような形で受け止められた。
「いで、いででで……」
「だっ、大丈夫!?」
(今、一瞬彼女の顔が俺の胸のところにあった気がする……なんか、どうしよう。頭がおかしくなってきた。心臓の音、半端ないし……蹴られても嬉しい。どうしたんだ、俺……) 
「相原さん、ごめん! 無理させちゃって。だけど、ここしか外に出れる方法なさそうだし……なんとか、がんばろう!」
「が、がんばります……だけど俺、ヒカルさんといると俺……頭、痛くなるんです……胸、胸も痛いし……」
「えっ」
「いや、多分……い、いい意味で!」
「えええっ?」
 ヒカルは相原のすぐ側にいる。手を伸ばせば届く距離に。だけど相原は体が硬直しすぎて腕を伸ばすことができない。恥ずかしくて顔を見ることもできない。指先が固まって動かなくなっている。ヒカルと一緒にいるというだけで。
「俺、ヒカルさんといると、頭が真っ白になって……どうしていいんだか、わからなくなるんです……!」
 相原が勇気を振り絞ってそう言うと、ヒカルは顔を真っ赤にして相原を見た。
(えっ……)
 と相原に魔法のような時間が訪れた。時間がゆっくりと進んでいる気がする。ひょっとしたら……。ヒカルが言った。
「あ、あたしも、そんな風になることがあるの。」
「ええっ!?」
「なんか、胸が痛くて、絶望しそうで、身体中が痛くて危険だって叫んでいるのに、どうしてもその人のことを考えちゃうの。」
「ヒカルさん……」
 するとヒカルは顔を赤らめ、顔を上げた。
「好きな人のこと考えると、考えすぎて頭痛がしてくるよね。」
 二人の間にやわらかな沈黙が流れ、相原は夢を見ているみたいだと思った。ヒカルは続けていった。
「冴馬は……あたしこのこと、何とも思っていないのにね……。」
「ハイィ!?」
(……冴馬? 冴馬ってあの、坊さん? 今頃ユージが締め上げてる例の、坊さん? その人のことが好き? じゃあ、俺は……。)
 一瞬の沈黙の後、相原は雄叫びを上げると右足に全身の力を込めて、茶室のドアを蹴破った。
「うおおおおおおおおーーーーー!」

 バギーン! バギバギーン……! 
 鍵のかかったドアはまさしく、吹っ飛んで廊下の向こう側に転がっていった。そこへ走ってきた人物がいた。
「ヒカルさん!」
 すると相原はヒカルの顔にみるみる精気が溢れてくるのを見た。見てしまった。頬が薔薇色に紅潮して目が涙で潤んでいくのを。相原はヒカルがずっと待っていた相手が駆けつけたのだと知った。
「冴馬……」
 冴馬はヒカルの顔を見ると安堵の表情をした。ヒカルは緊張の糸が切れて顔をくしゃくしゃにさせると、「怖かった……」と泣き始めた。冴馬は近づいてヒカルの肩にそっと触れると、目を閉じて背中をとんとんと叩いた。
「大丈夫。もう心配いりません。帰りましょう」
 相原はショックで死にそうになった。ドアを蹴破った右足が捻挫している。鍵のかかったドアなど蹴破るからそうなるのだが。相原は絶望しつつ、渾身の力を込めて言った。
「待て……その、冴馬とかいう坊さん……。アンタ、仏教とかやってんだろう? 俺は今、非常につらい……。つらくて死にそうだ。アンタ、むじょうってどういう意味なんだ? 情が無くても我慢しろって事なのか……!?」
 すると冴馬は相原に近づいて手を差し伸べた。相原はその手を払いのけた。
「『ああ、無情』の無情と仏教の言う『無常』は違います。無常は、常に変化し続けること……この世のことわりなんだ。あなたのその右足も、この二~三日には痛みも引いて回復するでしょう。それが無常なんです。常に同じということは、この世にはないことなんですよ。」
 その答えは相原にとっては気に入らない答えだった。
(……だとしたら、この胸の苦しみも、ヒカルさんへの思いも、いつかは変わってしまうということなのか?)

「俺は、そうは思わねえ。無常なんてクソくらえだ……」
 すると冴馬は相原に静かに微笑んだ。
「続きは今度、話しましょう」
 そう言うと、冴馬はヒカルの手を引いた。それを見た相原は心が刺されたように痛かった。この痛みが、なくなるわけがないと相原は思った。
「あ、相原さん、これ、ありがとう……」
 ヒカルは振り返って相原の上着を肩から外した。学ランを見ると今日あった出来事が一つ一つ思い出された。
「ヒカルさん……それ、今度会う時まで持っててくれますか? 頼みます。」
 ヒカルは相原の学ランを持ち、どうしていいのかと迷ったが受け取ることにした。裏地に刺繍が施された学ランは、持っているだけで暖かかった。


 月が今夜はいやに大きく見える。満月だ。相原は北校の廊下から、しばらく月を眺めることにした。「あー、足痛え……」と呟きながら。
(冴馬が私を、助けに来てくれた……)
 ヒカルはそれだけで充分嬉しかった。

群青色の夜の道を冴馬と一緒に歩いて帰る。一緒に歩いているだけで、温かな体温を感じる。黙って隣を歩いていると、ふと立ち止まって冴馬が言った。
「ヒカルさん、月がきれいですね。」
 と……。



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