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仏教系学園ラブコメ小説 「ダーリンはブッダ」 第十七回 人生の先が読めない

人生の先が読めない

 拒食症のガリ子よりも具合が悪そうだった人。
 それはよく見ると、彼は入学当初よく学校行事で見かけた応援団で粋がっていた春日先輩だった。
 それが、怖いぐらいに脅えて顔色も青く、どこか学生服も薄汚れて見え、今すぐ保健室に連れていかなきゃ死んでしまうのではないかと思えた。
「ちょっと、大丈夫ですか!?」
 声をかけると先輩は青ざめた手に握っていたスマートフォンを取り落とした。冴馬はそれを拾って彼の学生服のポケットに入れると、静かに背中に手を当てて、ゆっくりとさすった。冴馬は静かに、ゆっくりと背中をさすり続けた。すると先輩が泣き出したのだ。
「保健室、行きますか?」
「いや、いい。」
「それじゃ、すぐそこに僕たちの部室があります。そこで、休んでいってくれませんか?」
 冴馬がそう願い出ると春日は静かにそれに応じた。まだ目がうつろでどこか魂が抜けているような、危ない状態だった。先輩を仏教部の部室に連れて行くと、タカハシが驚いて言った。
「春日先輩じゃないッスか。ど、どうしたんスか?」
 タカハシは入学当初、ほんの3日だけ応援団にいたことがある。応援団の練習中に「フ~、ちょっと休憩していいッスか?」と、あまりにも慣れた手つきで煙草に火を付け、プカプカと吸い出したために西校・応援団を退部になったのだ。

 頭のいい良い子ちゃんが集う西校の中では悪い奴ばかりが集まっていた応援団でも、校庭で人が見ている目の前で煙草を吸う奴なんてのはいなかった。みんな隠れて吸うのはうまかったが、タカハシみたいに普通に「煙草は、うめ~な~」などと言って吸う高校生は存在しなかったのだ。
 ちなみにタカハシが中学時代、咥え煙草で受験勉強をし、晩酌しながら最難関の西校に受かったことは有名である。


 応援団長だった春日は他の団員の手前、一年のタカハシがする無茶苦茶を見過ごすわけにはいかず、やむなくタカハシを退部させた。
 春日は、タカハシの姿を見ると少し懐かしそうにし、涙を浮かべた。そして言った。
「俺は……俺の家族は、もう、殺されるかもしれない……もう、生きていたって何のいいこともない……」
 と……。冴馬は、ただ黙って聞いて、彼の肩に手を当てた。ずいぶんと長い時間が経った気がする。タカハシも何故か春日先輩があまりにも傷ついているのに驚いてか、何も言わなかった。私は黙って部室にあるポットからお湯を注いで森永のココアを淹れた。


 何か、そうした方が良いような気がしたのだ。先輩の前に差し出すと、先輩はぶるぶるとカップに手を触れた。
「……たいしたことのないイタズラだったんだ。ちょっとからかったり、プロレス技をかけたり、水泳の後にパンツを隠したりするうちにそれが楽しくなった。俺の家は両親とも教師をしている家だから、家ん中がクソつまんねくて、それで面白いことねえかと思ってクラスのバカをからかってただけなんだ……。そうしたらそいつが、自殺未遂を起こしたんだ……」
 春日のカップを握る手がまたブルブルと震えだした。
「それでもたいしたことないと思ってたんだ。だけど周りは違った。今までそいつがいじめられるのを笑って見ていた連中まで俺との関わりを急に断とうとして、無視し始めた。
 たった一日で状況が前と180度変わったんだ。自殺未遂でも死ななかったから、マスコミは来なかった。その代わり、そのイジメてた奴が友愛会に入ったんだ。それから、そこの会長やってる瀬ノ尾っていう女がよ、俺がやったことを全部聞き出して、それを全部あいつのコミュニティサイトに書き込み始めたんだ。
 最初のうちは、つまらねえことしやがってぐらにしか考えてなかった。だけどどうやら、あいつのサイト、この学校の6割ぐらいの連中が見ているみたいなんだ……。『どうやったらなくなるの? イジメの問題』とかってタイトル付けやがってよ、それでいて俺のことを実名でそいつに何をしたか克明に書くんだ。『マスコミに載らないこの学校の真実』とかなんとか。それを、ただの個人的な日記であるかのように書いて、俺の両親が教師をやっていることまで書き出した。知っている連中が読めばすぐにわかるような文面で書きやがるんだ。それで、俺の妹が一週間前に、後ろから『卑怯者!』って言われながら道路に突き飛ばされたんだ……。

 何もしていない妹がだ。妹は怖くなって学校に通わなくなった……なんで、俺の妹だって知らない人間に妹の顔、ばれてんだよ……。それでもう、気が狂いそうになってその女のサイトを毎回チェックするようになった。あの女が書き込むとすぐに家族に何か起きるような気がして、それで読むと俺のことが書いてある。コメント欄にそれに同調する書き込みや、同じクラスのヤツが見た俺のもっと非道いイジメが書き込まれていく。読むと心臓を握りつぶされるような気持ちになるけど不安で、読まずにいられねえんだ。もう、ずっと、生きた心地がしねえんだ……」


 その言葉を黙って肩に手を置きながら聞いていた冴馬が言った。
「……ずいぶんと複雑に、絡まってしまったんですね。」
 春日は黙ってうつむき、静かに涙を流した。
「そんな恐ろしいことをする人からは、逃げた方が得策なんですが。先輩の場合は家族まで連れて逃げるわけにはいかないのでしょう? だけどインターネットサイトとて、ただ人が暇つぶしにやっていることです。瀬ノ尾さんの書くことが退屈になったら、人は誰も読まなくなるでしょう。
 それに瀬ノ尾さんが三日あなたのことを書かなくなったら、人は、あなたのことなんて忘れてしまいますよ。
 人はそんなには他人に興味を持ち続けられないものです。ただ、あなたを悪だと決めつけることによって、正義の名の下に色々なことができるとつい、卑しさを出してしまう人もいるかもしれませんね……」


「あの愛羅って女だったら止めろ言うても聞かんのやろうなあ。先輩、面と向かってやめれ言うてやったんスか?」
「言おうとした……そうしたら友愛会の連中に8人がかりでボコボコにされたんだ。俺がイジメてた奴が、俺のことを靴で楽しそうに何度も蹴飛ばして来たよ。あの会は、強い連中はいないけど60人くらいの会員がいるんだ……あれだけの人数で集団でやられたら……太刀打ちできない。校外の活動をしているヤツも含めたら何人いるかわかりゃしない……。商店街を通る時に誰もがあの女の手がかかっている人間に見える。もう、胃が、石でできているみたいに硬くなってしまった……」
「なんで、商店街でボランティアするような人達が、たった一人の人のことを蹴飛ばしたりするのかしら……。」
 すると冴馬が言った。
「自分を、絶対の正義だと信じた時、自分の反対側の意見は許し難い悪になってしまうんだ。『悪を倒す』は人が最も興奮する物語だからね。瀬ノ尾さんはその辺の人の意識をうまく利用して書き込みを行っているんだろうね。そして読んだみんなは正義に燃えて我を忘れてしまうんだよ、きっと。」
 冴馬は先輩の肩に当てていた手を、そっと顔に触れさせた。心無しか、冴馬が手を当てていたところだけ先輩の生気が戻ったように見える。先輩が両の手で顔を抑えて言った。
「俺は、どうしたらいいんだ……?」
「……もしも、この学校内でまた先輩に危害が加わるようなら、この部室に逃げ込んで来てください。ここは、あなたの避難場所です。あと、ヒカルさん……」
「な、何? 冴馬。」
「もしかすると、この仏教部に身を置くことによって、ヒカルさんに迷惑がかかるかもしれない。だけど、多分ここにいれば、人の本当の姿を見ることができるんだ。1ヶ月だけ、僕に賭けてくれないかな?」
 私は冴馬がこの先輩のために、何かをしようとしているのだと気が付いた。最初から教室で無視されていたガリ子に声をかけたり、ガリ子を仏教部に勧誘したり。冴馬って、そういう人なのだ。まあ、この先輩に関わったら、確かに何か悪いことが起こりそうな予感はする。

「……いいわよ、冴馬。私には、少ないけどもすごい友達がいるもの。」
「……ありがとう。」

 冴馬はにこっと笑って言った。
「しょせんイジメも発生源があって需要がある場所に供給されてゆくもの。どこに何が供給されていくかの因子を突き止めれば、解決のいく問題だと思う。大元は友愛会だそうですが、友愛会から発信される情報を変える方法はあるはず。そこに、僕は切り込んでいこうと思う。」
「おお~、戦争やのう!」
 タカハシが嬉しそうに椅子を揺らした。私はできることならいざこざには巻き込まれたくなかったが、冴馬の言う『人の本当の姿』というものに興味を持ち始めちゃったのだから、仕方がない。

冴馬は、私が何も悟れないご近所宗教の娘だっていうことを知っているのだろうか? 人のことが何もわからないから、余計に私は知りたくなるのだ。



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☆☆☆次週、飛び出していったガリ子にドキドキの展開が……!☆☆☆

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