仏教系学園ラブコメ小説 「ダーリンはブッダ」 最終回 ダーリンはブッダ
ダーリンはブッダ
一日経って学校へ来ると、昨日は胸がつぶされそうなほど辛いと思った出来事が、なんてことのないように感じた。みんな、精一杯に生きているのだと感じて驚いた。
昨日、アイラ先輩はサイトを更新して新しい悪口を書いたのだろうか。それすらも、どうでも良いことのような気がした。彼女はきっと、思う存分傷つきながら育って、その傷を同じ分だけ誰かに返さないことには、治らない病気を抱えているのだろう。
昨日の夢には冴馬と、アイラさんが出てきた。彼女は一生懸命言葉を紡いで言葉によって誰かを操ろうと必死になっている。だけどその彼女の腕を誰かが操り人形の糸で操っている。糸がこんがらがって、彼女はぐるぐる巻きにされている。彼女はベッドの上で口から蜘蛛のように糸を吐き、その糸が全身に絡まっている。糸を断ち切る方法がわからないねと私は部室で冴馬に相談している。
すると冴馬は短めの斧を持って、「僕は彼女がその糸を切る手助けをしたい」と言って、自分の腕を蜘蛛になったアイラさんの前でザックリと切り落としてしまうのだ。私が叫ぶ。画面が真っ赤に染まる。冴馬はもう一方の腕を切るようにアイラさんに片腕で斧を渡して言った。
「心の赴くままに、傷つけていいのは僕までなんです。どうか、ヒカルさんを傷つけないで下さい」
冴馬は冷静に語っているのだけど片腕からの出血が止まらなくなっている。私は半狂乱になって「冴馬のバカ! 冴馬のバカ!」と叫んでいる。だけど血だらけになった冴馬があまりにも冴馬らしいので、私はそのままの腕のない冴馬を抱きしめて愛していると思う。
その時、夢の中だけど私は、両腕のなくなった冴馬を一生、守って生きていこうと思った。そうか、私の思う好きって、こういうことなのか……。
冴馬が、好き。冴馬が、大好き……そう思っていたところで、目が覚めた。
目が覚めると私は、枕がずいぶん濡れていることを知った。眠りながら泣いていたらしい。心臓がバクバクと鳴っていた。
あまりにも強烈な夢で、現実の私達に起こる小さな問題が霞んで見えそうだった。夢の中で冴馬の両腕がなくなっていたから、冴馬の身に何か起こらなかったかどうか起きてからひどく心配した。心配しながらも、冷静さを取り戻すと唇が熱を帯び、昨日触れてしまった相原さんの唇を思い出してしまった……。キスって一体、何なのだろうかと思う。
冴馬にキスして、と言ったら、冴馬はキスしてくれるのだろうか。冴馬のことは全然読めない。
夢のせいで心と体が珍しいバランスになっていて、体がフワフワと浮いているような気持ちになっていた。学校の階段を降りながら昨日のことを一切忘れてしまって、いつもの通りに「おはよう」と言うと、つられて昨日私を無視した女の子が「おはよう」と言った。不思議な、夢の延長線上にあるような一日。
仏教部の部室に行くとやはりそこには、「蕎麦」と書かれた紺色の暖簾が下がっていて、「ああ、やっぱりドアは壊されて蕎麦屋の暖簾になったのは現実だったんだな……」と思ったのだけど、中に入ると思いもかけない奇跡が起こっていた。
仏教部の部室に、ガリ子と、ずっと学校に来ていなかったデブ子が一緒にいたのだ。
「ヒカルちゃん、おはよう」
と、デブ子は言った。体に合う制服が間に合わなかったのか、紺色の制服と同じ色のニットのワンピースを着ていて、それがすごく似合っていた。
「昨日のヒカルちゃんが心配で、学校に来ちゃった。今日から、ちょっとずつ通おうと思うの。」
そして小声で私に囁いた。(もうキスのこと、大丈夫? 心配ない?)と。
私はデブ子に心配されている。きっと、私が彼女たちを心配するよりもずっと、ガリ子とデブ子は私を心配してくれている。
顔を上げると冴馬がにこやかに私の方を見て微笑んでいた。
「冴馬……」
私は言った。近づくと冴馬の匂いがする。冴馬の匂いは私を暖かく包んでいた。苦しいほどに香る、冴馬の匂い。とくん……と、自分の心臓が動くのを感じた。
「私、冴馬のことが好きよ。」
そう言うと、やっぱり冴馬は全然読めないけども邪気のない笑顔でこう言った。
「僕もですよ、ヒカルさん」
と……。
ダーリンはブッダ・完
イラストレーション ナカエカナコ
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