愛しさと、切なさと、受け取らないクソババアと。
去年父が亡くなった際に、母に黄色いハンカチをあげた。持つだけで気持ちがパッと明るくなるような、赤ちゃんが笑ったときのような黄色だったので、少しでも気分が柔らかくなったら良いなと思ってあげた。
父が亡くなるちょっと前から、父の母への暴言が激しくなった。これまでも嫌みを言っていたが、そんなの可愛いものだった。
父の暴言は、反抗期の中学男子みたいなもので、うまくいかない事を母にぶつけるという、ただの甘えだったのだと思う。
ただ。母も母で言ったことがそのまま伝わらない人なので、それが父の苛立ちを加速させていた。
その父が亡くなって、黄色いハンカチをあげたわけだけど、この間帰った時に部屋を整理していたら、それは部屋の隅でホコリにまみれて薄汚れていた。
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伊勢に行った時は伊勢うどんをお土産にあげたが、あげた一年後に和室のいろいろなモノが積み上げられた一角でホコリをかぶっているのを発見した。
近所のお友だちから貰った服やアクセサリーは、衣装ケースでぐちゃぐちゃに収められていて、変色したり錆びたりしている。
「使っていないなら捨てたら?」と聞くと、
「何を言ってるの。使ってるんだから」という。
“じゃあこの場で身につけてみろよ“と、心の中で思う。
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母はとにかく何かをあげても全て無駄にする才能を持っている。
それでも芋けんぴは直ぐに封をあけて食べるので、去年から母にあげるのは南国製菓の塩けんぴと決めている。
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母がこの通りなので、僕は“大事にとっておく“ということをしない。貰ったその日に食べたり、モノであれば直ぐに使って感想を送る。
この間、忘年会で職場の人にトイレットペーパーを貰った。昨日ちょうどトイレットペーパーが切れたので、早速使っている。
かの谷川俊太郎が「これは絶対に作りたいんだ」と言って商品化したトイレットペーパーなんだと職場の人が言っていた。
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母は子供の頃から子供が好きで、近所で赤ちゃんが産まれたと聞くと走って行って、赤ちゃんの世話をしていたらしい。
子供を見るといつもおどけた顔をして、喜ばせることに必死になる。
それが言葉の通じない外国の人でもなんでも、子供はどんな子供でも可愛いらしく、見ると放っておけずに走って行く。
僕も小さい頃、母に何度も笑わせられた。
母を見ていると、与え続ける人だなと思う。
与えられた人は、その人に何かを返したいものなんだけど、なぁ。
与えるだけじゃなく、受け取る事だって相手を喜ばせる凄く大事な行為なのだと、母を見ると感じ、胸がキュンと切なくなる。

