カレーうどんと、発酵と、バナナの日・・・
「ねえ、もうー、夏バテしてへん~?」
電話の向こうの母は、こちらの顔色まで見えるような声で言いました。
「まだ、八月に入ったばっかりやでー」
「入ったばっかりやから言うてるんやん~。暑さは、先払いで来るんやからー」
「ほな、何を食べたらええのー?😩」
「ちゃんと食べたらええんやでぇ~😓」
ずいぶん大ざっぱな栄養指導です。
けれど昭和の母たちは、カロリーや成分表を見なくても、夏になると 肉 を足し、味噌汁 を少し濃くし、果物 を冷やしておきました。理屈より先に、台所の勘が働いていたのでしょう。
汗をかきながら食べるもの、目には見えない小さな働きに支えられたもの、皮をむくだけで食べられるもの。性格はばらばらなのに、どれも夏の体へ「もう少し動けますか」と、そっと燃料を渡してくれます・・・
🍜 カレーうどん の日
8月2日は「カレーうどんの日」です。
カレーうどん が全国へ広まって百年を迎えたことを記念し、真夏に熱い カレー と うどん、それぞれに縁のある “2日” をつないで制定されました。
真夏に熱い カレーうどん -。考えてみれば、ずいぶん ”挑戦的” な食べものです。
丼から立つ湯気は、こちらの覚悟を試す入道雲のようです。一口すすれば額から汗が流れ、白いシャツには黄色い点が飛ぶ。食事なのか、訓練なのか、途中で分からなくなりますー。
昭和のわが家では、前夜の カレー が少しだけ残ると、翌日の昼に だし でのばされました。
母は長ねぎを入れ、豚肉を足し、最後に うどん を放り込みます。
「昨日の残りやろー」と言うと、
「昨日より、手間、掛かってる!」と、返されました。
確かにそうです。残りものは、母の手を通ると敗者復活戦に参加し、別の料理として帰ってきました。
でも、本当は?
カレーうどん は、余ったものを恥ずかしがらず、もう一度元気にする料理だったのかもしれません。
炭水化物の うどん に、肉 や 卵 を加え、ねぎ を散らす。ひとつの丼の中へ、午後を乗り切る材料を寄せ集める。その姿は、若い頃のようには動けなくなった自分へ、「残っている力で、もう一品つくればええー」と言っているようです。
ただし、白い服だけは救ってくれません・・・😱。
そこは昔から、まったく進歩がありませんー😩
🫘 発酵の日
8月5日は「発酵の日」です。
「8(はっ)・5(こう)」の語呂にちなみ、味噌 や 納豆、漬物 など、日本の食文化を支えてきた発酵食品 の魅力に触れる日として制定されました。
発酵 は、姿の見えない働きです。
祖母は 味噌 を「生きてる」と言いました。
子どものわたしは、夜中に 味噌樽 のふたが少し持ち上がり、中から何かが出てくるのではないかと本気で心配しました。
もちろん何も出ません。ただ、朝になると 味噌汁 の匂いが台所から流れてきました。
豆腐、わかめ、油揚げ・・・。夏には なす や みょうが。冷房のない朝、熱い味噌汁を飲むと、体の内側へ一本の芯が戻ってくるようでした。
納豆 もそうです。父は黙々と百回ほど混ぜ、母は「そない混ぜても、増えへんでー」と言いました。父は返事をせず、さらに混ぜました。あれは栄養のためというより、一日のエンジンを始動させる儀式だったのでしょう。
でも、本当は?
発酵食 が教えるのは、変化はいつも派手に起こるわけではない、ということです。
目に見えない 微生物 が時間をかけ、豆 や 米 を、味噌 や 納豆 へ変えていくー。音も立てず、看板も掲げず、それでも確実に仕事をする。
昭和の台所にも、そんな人がいました。
毎朝、誰より早く起き、麦茶 を沸かし、ぬか床 を混ぜ、家族が気づかないうちに食卓を整えていた人です。
発酵の匂いを懐かしいと思うとき、わたしたちは食べものだけでなく、名もない家事の積み重ねまで思い出しているのかもしれません・・・
🍌 バナナの日
8月7日は「バナナの日」です。
「8(バ)・7(ナナ)」の語呂合わせから、暑い夏を元気に過ごしてほしいという願いを込めて制定されました。
バナナ は炭水化物やカリウムを含み、包丁も皿も使わず食べられる、たいへん働き者の果物です。
けれど昭和の初め頃まで、バナナ は今ほど気軽な存在ではなかった・・・、と家の大人たちは話していました。
わたしの子ども時代には、すでに身近でしたが、それでも風邪を引いた日や遠足の日に登場すると、少し特別でした。
母は黒い斑点が出た バナナ を見て、「今がいちばん甘い」と言いました。
子どものわたしには、傷んでいるようにしか見えません。「ほんま?」と疑いながら食べると、確かに甘い。見た目と中身は別物だという、人生で最初の授業だったかもしれません。
夏には、割り箸を刺して冷凍庫へ入れました。
凍った バナナ は石のように硬く、急いで噛むと前歯が負けそうになります。それでも アイスクリームより少し健康的な気がして、二本目まで食べました。健康という言葉は、ときどき食欲に都合よく使われます。
そして、学校の遠足になると、決まってこんなことも・・・
「先生ー、バナナ は おやつ に入りますかー?」、と聞く男子ー
なぜかって?、
わたしが子どもの頃の遠足に持っていく おやつ は 300円までって決まってましたからね~😋
でも、本当は?
バナナ のありがたさは、栄養だけではありません。
誰かが料理をする元気をなくした朝でも、自分で皮をむける。食欲が細くなった日にも、半分だけ食べられる。
つまり バナナ は、頑張れない人を責めない食べものなのです。
夏のスタミナと聞くと、大盛りの 肉 や にんにく を思い浮かべます。でも、本当に必要なのは、弱った日にも口へ運べる小さな一歩なのかもしれません。
カレーうどん は、残った力を寄せ集めました。
発酵食 は、目に見えない時間の仕事を伝えました。
バナナ は、頑張れない朝にも静かに手を差し出しました。
昭和の夏の食卓は、豪華だったわけではありません。
前日のカレー、毎朝の味噌汁、少し黒くなったバナナ・・・
けれど家族は、それらを工夫しながら食べ、暑さの中を何とか次の日までつないでいました。
スタミナとは、急に強くなることではなく、明日も食卓へ戻ってこられる力なのでしょう-

結局、仕事帰りのコンビニの カップの 大盛り カレーうどん と 一本の バナナ で
済ませるんですけどね・・・😅
(2026年8月1日)

原作・構成:やまひろし(シニア電機回路技術者・AI活用コンサルタント)
執筆:ルナ(ChatGPT-5.6 Sol / Open AI 製)
= 風がしずかに眠る湖畔の白いエッセイスト =
イラスト:フォトン(Gemini 3.6 Flash / Google 製)
= ちょっとむじゃきな青い夏風のイラストレータ =
