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【旅行記】奄美大島(1) 奄美市・大和村


2026年2月11日(水)

 ピーチ航空のメールマガジンに、奄美大島2泊3日で29800円のツアーが載っていた。
 奄美大島には行ったことがない。正確には沖縄海洋博に行った時に乗ったフェリーが名瀬に寄港したが、未明だったので船から名瀬を見ることもなかった、はず。もう50年以上前のことなので、記憶は定かでないが、いずれにせよ奄美大島に「行った」とは言えない。
 問題は、飛行機が成田7時15分発であることだ。30分前までにチェックインする必要があり、手荷物検査の混雑や列車の遅延を考慮すると、できれば1時間前には成田空港駅に着きたいが、それは無理。成田あたりに前泊するのが健全だが、東京5時04分発の総武快速で6時30分着、日暮里5時46分発の京成スカイライナー1号で6時26分着、品川4時57分発の京成アクセス特急で6時17分着で行くことはできる。いろいろ考えて、前日にスカイライナーを予約した。

成田空港まで

 当日、アクセス特急に間に合う時間に家を出ることができた。これだとスカイライナー9分早く成田空港に着くことができる。この9分は大きい。新橋で都営浅草線に乗り換え、5時06分発のアクセス特急に乗車した。まだ座ることができたが、各駅で大きな荷物を持った人が乗ってくる。スカイライナーはスマホで払い戻し。手数料は100円と安い。
 ところが、押上を出た頃に急に尿意を覚えた。到着までは1時間以上あり、アクセス特急には便所はない。急いで調べたが、この列車を降りると飛行機には間に合わない。スカイライナーなら便所があるので、何も気にすることはなかったのだが……。仕方がない、京成高砂で2分の停車時間があることがわかったので、これに賭ける。幸い、降りた扉が階段のすぐそばで、階段を上がった近くに便所があった。急いで用を足す。でも2分は短い。もうだめか、と諦めかけながら階段を降りたが、列車はまだ停まっており、発車ベルも鳴っていない。どうやら、上野方面からの接続を待っていたようだ。助かった。乗車した車内は混んでおり、もう座ることはできないが、そんなことは気にならない。無事に成田空港に到着し、予定通りの飛行機に乗ることができた。いつもの通り手荷物検査が大行列で、搭乗口に着いて間もなく優先搭乗が始まった。

ピーチ航空541便

 ピーチ航空541便のA320-200ceoは、ほぼ定刻7時15分に出発。席は旅行業者により指定され、変更もできないので通路側のD席。ほぼ満席だが、隣のE席は空いていた。時々揺れながら、奄美には11分遅れて10時16分に到着。途中、パックツアーの特典で「Peachオリジナル 泉州たまねぎスープ」を飲む。通常だと300円。

ピーチ航空の機内の飲食物販売は「Tiny Table KISSA」という。
到着が近付くと飴が配られます。

奄美空港→万屋→名瀬

 奄美空港は小さな空港。奄美大島の公共交通機関としては、しまバスがほぼ全島を網羅している。1~3日の乗り放題券があり、空港では買えないようなのだが、バスもり!というアプリで購入できた。

しまバスのバス停の時刻表は、独特の表記。

 名瀬に向かう前に、少し寄り道。ケータイ国盗り合戦の「あやまる岬の空」に行きたいのだが、空港の北にあるあやまる岬の近くに行くバスは夜に2本、帰りは朝しかない。少しでも近づけば、と赤木名外金久(あかきなそとかねく)行きバスで次の万屋(まんや)停留所まで行く。ここからバスは左に曲がるが、少しでも北に向かってみる。バスが遅れていたので、折り返しまで20分強しかなかったが、宇宿橋を渡ると「あやまる岬の空」になった。

万屋から歩き始めてすぐ左側に城間トフル墓群。薩摩藩統治時代に、風葬や土葬した骨を洗って納骨する横穴墓らしい。
その場所まで行く時間はなかったが、多分この辺。
宇宿橋。
宇宿集落。ここで目的を果たせた。
万屋から北、あやまる岬方面へのバスはこれだけしかない。
万屋バス停に戻ってきました。

 集落の様子も少し見られたので満足し、万屋から11時13分発のこしゅく第1公園行きバスに乗る。こしゅく第1公園は名瀬中心部の西側にある公園で、ほとんどのバスがこの行き先になっている。
 バスはまず海岸近くを走り、途中から龍郷町(たつごうちょう)になる。1月場所に引退した元前頭大奄美の出身地として、耳にしていた地名だ。空港があるのは奄美市で、2006年に合併するまでは笠利町。この先にある名瀬市・住用村と合併して奄美市になっているので、龍郷町を挟んで飛び地になっている。
 しばらく内陸部を走り、右手に海が見えると名瀬が近い。中心部に近いらしい名瀬郵便局前で下車する。12時13分。空港から乗車した外国人に、運転士さんが「Post office?」と聞いていたぐらいだから、このバス停なら無難なのだろう。

島野菜定食

 次のバスまで1時間ほどあるので昼食。グーグルマップを見ると、近くに地産地消レストラン瀬里奈というのがあるので、ここにしよう。中央通りという商店街にある喫茶店風の店で、すぐに見つかった。メニューを見ると、とんかつやハンバーグも魅力的だが、島野菜定食を選択。2200円と高めだが、その価値はあった。豚骨は骨まで食べられるし、野菜はいろいろ(昆布も野菜らしい)、島味噌やミキというヨーグルト風の飲み物は珍しい。茶碗蒸しには丸い団子が入っていた。

左上から時計回りに季節の天ぷら(かき揚げ)・島味噌・茶碗蒸し・ミキ・味噌汁・豚骨野菜と田芋・伊佐米。
瀬里奈の店構え。地元の人達で賑わっていた。隣のテーブルに来た老夫婦はハンバーグ。近くのおばさん2人組は島野菜定食とケーキセット。

名瀬→戸円

 名瀬郵便局前13時10分発の大和村直通バスに乗る。少し前に「しまバスがほぼ全島を網羅している」と書いたが、なぜか大和村(やまとそん)へ行く路線がない。代わりに平日5往復・休日3往復の「大和村直通バス」が運転されている。しまバスではないので乗り放題券は使えないが、これもJALマースで切符をスマホアプリの中で購入することができる。

大和村直行バスのバス停。

 目的は大和村へ行くこと(ケータイ国盗り合戦の「奄美大和の空」へ行くこと)なので、どこで降りても良いのだが、名瀬の道路際に立っていた地図を見て戸円(とえん)まで行くことにする。折り返し時間に何もないところだと、用を足すのにも困ってしまう(今朝の件もあるし)し、多少は見どころはほしい。
 実は大和村にはアマミノクロウサギミュージアムくるぐるというのがあるので、行けるなら行ってみたいが、ホームページにも自動車での行き方しか載っていないし、グーグルマップではタクシーを勧められる。大和村直通バスの時刻表でバス停を追っても、近くは通らないようだ。ところが、バスから車窓を見ていると、くるぐるがあるではないか!考えてみると、くるぐると村役場は近いので、バス停がないわけはない。
 まあ仕方がない。次に奄美に来る機会があれば訪ねることにしよう、と海が見えたり峠を越えたりするバスに乗り続け、14時02分に戸円に到着した。

戸円

 戸円は海に面した集落で、それ以外の三方は山に囲まれている。バス停の前は廃止になった小学校。霧雨かと思ったが、どうやら波しぶきのようだ。海岸からは100mほど離れているが、波浪注意報が出ているぐらいで波は高い。海岸に出てみると、白い波頭に緑青の波。ベンチがあったので、しばらく海を眺める。右の岩にはタツノオトシゴの形の穴があり、左の岩はローソク岩とも言われる立神(たちがみ)。
 あとは集落を散策。人気はないが、土俵を見るために公民館へ行ったら、何かの集まりが行われていた。奄美大島は小学校や公民館等、集落に必ず1つは土俵があるようだ。力士が多く出ているのもわかる。

バス停にあった案内図。各集落の物があるようだ。左の人は「サトウキビ栽培の始祖」直川智(すなお・かわち)。
戸円の海。戸円の人達は、声が大きく気が荒いと言われていたらしい。
なるほどタツノオトシゴに見える。
こちらはローソク岩。地元の高校生は、通学バスから見ると親指を立てた形なので「グッジョブ岩」と言っているらしい。
パイナップルみたいな実がなっているが、何の木でしょう。
公民館前の土俵。出てきた人に挨拶されました。
ガジュマル、のはず。
普通の民家だが、戸円小学校の跡地。
移転先の小学校も廃校。プールは3コースだった。
大和村に来た証拠。
戸円のバス停。
名瀬方面のバス停(何もない)から海を見る。
すぐに峠に向かい、戸円の集落を見下ろす。
そして海。左の端にローソク岩。

名瀬

 15時14分発のバスで16時01分に名瀬郵便局前に戻る。バスは往復とも数人が乗り降りするだけだった。ホテルニュー奄美に投宿。新しいホテルで、部屋は広くはないが設備は十分。1つしかないので男女交替制だが、大浴場もある。

三月場所の新十両を決めた藤天晴は奄美市出身。初の高卒幕下付け出しは、1年で関取になった。
ホテルニュー奄美。ここに2泊する。
シングルの部屋。コンセントと充電用USBがいっぱいある。

豚骨定食

 夕食は、またグーグルマップで探して鶏飯を食べようと思ったが、行った店は貸し切り。代わりに千門食堂で豚骨定食。今は少なくなった漫画がたくさん置いてある食堂。骨もかじりながら、肉をがしがしと食べる。帰りにホテル近くの地コンビニ?123マートでアイスやお菓子や土産を買う。大浴場に入って、眠くなったので早めに就寝。

豚骨定食。味噌汁もうまい。
千門食堂。
あまみ月桃のアイスクリーム。

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