減点方式で自分を見てしまうとき
今回は、減点方式について考えを巡らせてみました。
ふとした瞬間に、自分に対して減点方式で見ていることに気づきます。
「今日はこれができなかった」
「あのとき、もっとうまく言えたはずなのに」
一日の終わりに残るのは、できたことより、できなかったことのほう。
あれも足りない、これも足りないと、
あとからいくらでも出てくる。
自分を少しずつ削っていくような感覚、そりゃしんどいですよね。。
僕は昔から、
正解や平均からどれだけズレているかを、つい見にいってしまう癖があります。
普通じゃないと、取り残されてしまう恐怖。
うまくいったことよりも、「どこがダメだったか」を先に探してしまう。
自然と「及ばなかったところ」に目が向く。
振り返るたびに、足りなかった点を並べて、
そこを埋めるシミュレーションを回し続けてしまう。
以前は、そうやって減点し続けることを、
向上心だとも思っていました。
現状に満足せず、足りないところに気づけるのはいいことで、
それを埋めようとするのは前向きなことだ、と。
でも実際は、
ブレーキを踏みながらアクセルを回しているような状態で、
気づくと、ズタズタに消耗している。
前に進もうとしているはずなのに、
どこかで動けなくなっている感じが残る。
最近は、この減点の中で見えなくなっているものを、
そのまま拾うようにしています。
派手な成果ではないけれど、とりあえず今日を終えたこと。
最低限のことを回したこと。
途中で投げ出さなかったこと。
そういう、数にもならない事実まで、
全部なかったことにする必要はないんじゃないかと。
他人軸での採点をなかなか完全にやめることはできないけれど、
その横に、ただ起きたことも並べておく。
評価とは別の場所に、もう一つの見方を置いておくような感覚でしょうか。
今回は、減点したままの自分をそのままにして、振り返りはここまでとしておきます。
