南京でアジア主義者の元軍人に恋した話
はじめに
中国を旅していると、たまに一生忘れられないような出会いがある。
南京で出会ったアジア主義者(仮)の彼もそのひとりだ。

「中国で日本人が一人で旅行していて大丈夫なの?」
そんな心配をよくされるが、実際に、日本人だという理由で嫌な思いをしたことはほとんどない(※日本人の女だとわかると、結構な確率でAVの話振られるからそっちの方面では嫌な思いは多い)。
むしろ「昔のことは昔のことだし、人と国は別だよね」と、国家と国民を切り分けて責任論を避けるが多い。
そんな中、南京で出会った彼の“熱さ”は異質だった。
南京のゲストハウスで

2018年9月、中秋節の連休を利用して南京へ一人旅した。
地下鉄新街口駅近くのゲストハウスにチェックインすると、宿を管理しているという青年が、日本人という物珍しさから、私に話しかけてきた。
28歳、長身、スキンヘッドで人懐っこい笑顔の人物だ。
「どうして南京に来たの?」
「大学の専攻が政治学で、歴史に興味があって」
私がそう答えると彼は目を輝かせ、
「平安時代って知ってるか?」
と聞いてきた。
もちろん知っている。
続けて
「ズーティエンシンチャンは知ってるよね?」
ズー……なんだそれ?
中国語あるあるだと思うけど、日本人の名前を中国語でいきなり言われてもまったくわからないのだ。
首をかしげる私を見て、彼は紙に漢字を書いた。
《織田信長》
「ああー! なんだ、知ってる知ってる」
そこから、怒涛の歴史トークが始まった。
突然始まる戦国時代講座

「織田信長は稲葉山城を持っていたんだよね。
そこはもともと、斎藤道三が支配してたけど、美濃に攻め込んだんだよね。あ、そうそう、岐阜っていう地名は、信長が孔子の故郷から取ったんだよ。知ってた?」
岐阜の由来、知らなかった……。
戦国時代豆知識を中国人から教わる日が来るとは思わなかった。
三國志好きの日本人がいるように、戦国時代好きの中国人がいてもおかしくないか。
一呼吸おいて、私は話を変えてみた。
「私が歴史の中で一番興味あるのは近代史なんですよね」
そう言うと、彼の目はよりいっそう輝いた。
近代史議論「アジアはひとつ」へ

「大久保利通が暗殺されたの、残念だったよね」
「板垣征四郎って死刑になったよね」
「日本軍の師団って太平洋戦争のころには200以上になったよね」
「天皇は人間宣言で象徴ってなったけど、ぶっちゃけ象徴天皇制ってどうなん?」
近代史のほうが熱量がすごい。
私が驚いて「なんでそんなに詳しいの?」と何度聞いても、彼ははぐらかすように笑うだけで、答えなかった。
そのあと、彼はメモに大きく
《東亜一体化》
と書いた。
中国人の夢見る“アジア主義”

東亜一体化?
自然と戦前日本のアジア主義者や、東亜新秩序が頭をよぎる。
彼は熱っぽく語り出した。
「韓国と日本は国土は小さいけど、高い技術力がある。中国には資源と人がいる。この三カ国が一体化すれば、西洋諸国に対抗できるんだ!」
対抗?!
「日中韓の団結がいずれ必要だ。今の社会では、中国とアメリカだけが世界のルールを作る力があるけれど、東洋と西洋は必ずぶつかる時が来る。その時のために、東アジアは一つになるべきなんだ」
石原莞爾のようなことを平然と言う彼に、私は圧倒された。
残念ながら、その安保体制に賛成する日本人(韓国人も)はなかなかいないだろう。
「それがあなたの理想なの?」と聞くと、
「違うよ、これは世界の趨勢だよ」と即答された。
一世紀のタイムラグ
かつての日本のアジア主義者が“日本を盟主”とする東アジア一体化を夢見たように、彼は“中国を盟主”とするアジア一体化を当たり前のように信じていた。
約一世紀のタイムラグがあるだけで、この中国人の思考回路は、当時のアジア主義者的日本人にそっくりだ。
この中国人の言葉を聞きながら、私は一世紀前の日本人アジア主義者の“無邪気な傲慢さ”を追体験していたのかもしれない。
二人で南京を歩いた一日
彼は翌日、一日中南京の近代建築を案内してくれた。



歩き疲れたら南京料理を食べ、

バーでは司馬史観や、203高地と第一次世界大戦の関係や乃木希典の歴史的評価の変遷について語り合った。
どうやら彼は、少し前まで数年間軍隊にいて、軍事史の勉強をしていたという。
いろいろ合点がいった。
余談:餃子パーティ

夜、ゲストハウスの宿泊者たちと餃子パーティをした。

中国人の餃子包み技術、マジで速くて美しい。
おわりに
実はその後、私は彼にまた会いたくなって、上海にまで追いかけたりしていた。
そう、割と恋愛的に惹かれてしまっていた。
別にアジア主義者云々は関係ない(賛同できない歴史観も多かった)。
ただ、歴史談義をしてると楽しかったし、留学の思い出補正もあったかもしれない。

会いに行くと、向こうは親切に案内はしてくれたけど、恋愛的な脈は全く無かった(笑)
それ以降、たまに歴史観について語り合ってたりもしたけれど、すっかり音信不通になってしまった。
でも、あの日の南京での出会いは、私の旅の記憶の中で今も異色を放って残っている。
(終わり)
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