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公園おじさんを受け入れ、次第に自分自身が公園おじさんになっていく勇気を

おじさん公園と休養学と社会教育士と


繋がりのなさそうな単語の羅列だが今週末すごく私の中で連携してしまったので書き留めておく。この春環境が変わる予定の私の新生活への意気込みも含めて。新しいことを始めたくなるワクワクの春に、あなたのやってる、またはやってみたい「誰かに良いこと」を肯定する記事はいかがでしょう?


◎おじさん公園
最近4才娘がどうしても行きたいと熱望する公園がある。あるおじさんがいつもいる公園、「おじさん公園」だ。逆上がりをおしえてくれる名前も知らないおじさんで、土日の夕方(平日もいるのか?不明)に行くといつもいらっしゃる。
逆上がりを教えてくれるだけでない。遊具はブランコ、鉄棒、山型のうんてい、築山の4種のシンプルな公園であるが、多種多様な遊び方を教えてくれる。急勾配の築山の登り方や降り方は年齢によって変えることで安全かつ楽しく遊べる。逆上がりを練習していて、腕の筋力が足りない場合は鉄棒で豚の丸焼きになってじゃんけん5回勝負で遊んでいればいつの間にか鍛えられる。その後のステップとしてブランコを使った逆上がりの練習方法もある。
おじさんのデータベースは目を見張る物で、パッと見ただけでこどもの年齢と身体能力、どれくらいの技能があってなにから挑戦すると楽しめるか、わかってしまうのである。長年この公園で数多くのこどもたちを見守ってきた賜物でだろう。もはや公園専属のインストラクターのようなのである。
最初4才の子が話しかけられた時は不審なおじさん?!と警戒したが、遊びの誘導の的確さ、声かけのちょうど良さ、こどもの体にふれる場合の安心できる距離感、なにより馴染みの小学生たちからの懐かれ方からすぐに安心して色々とおしえてもらうようになった。自分自身は外遊びを好まない子どもだったのでどうしても公園でどう遊んで良いか分からず、思いがけず助かっている。
とにかく公園おじさんがすごい、そして、公園おじさんを受け入れた私も、なかなかいい一歩を踏み出したな、と思う。


◎休養学
電車広告などで目にする「休養学」を読んでみた。
読んだところ、細々とさまざまな活動をする私は、どうやら休養の天才であるようだった。
特に地域や子の学校などでのボランティア活動は、漠然と参加すると気持ちのいいものだ、と思っていたが、自分の休養にもなっているということは目から鱗だった。

誰かに良いことするつもりが、自分に、良いことだった。そして子育てもある、有償の仕事もある、無償の活動もある、それぞれがそれぞれのための休養で、私を支えているのかな、と思ったものだ。慌しい毎日だが、それを肯定してくれる一冊だった。



◎社会教育士
友人が文部科学省の養成する「社会教育士」の称号を取得するために講習を受けてきたそうで、その内容や感想などをシェアしてもらった。
いわゆる生涯学習に携わる人を養成するための称号である。内容として印象に残ったのは
・生涯学習の定義づけ、かなり広義にわたる
・それらが世界的に大切であると位置付けられているという事実
・学ぶことで、「2回生まれ変わって、違う3つの自分になるのもいいんじゃないですか」という講義の中であった講師の方のことば(出典元を探すのが難しく、文言がおそらく正確ではないけれど、こんな感じの言葉)

だった。

特に1点目の生涯学習の定義づけについてはとても広義で驚きがあった。学校や公民館などの施設はもちろん、学校関連のボランティアのお父さんお母さんやら、先の「公園のおじさん」もたぶん、その担い手であるということだった。前の駐在帯同先のブラジルで産後うつに落ち込んでいた私にベビーマッサージをおしえてくれたあのマダムも…サンバの先生も…と次々に色々な人の顔が浮かんだ。

今後私自身も公園おじさんよろしく、子どもたちの学校や地域でボランティアをする機会が増えそうな予感がしているが、そのような活動にきちんとスポットライトが当たり、評価される風潮になるのか、と思うと希望が湧いてきた。

この先労働人口の減少と経済成長の鈍化でますますお金で解決できないことが増えてくる。これはおそらく地域コミュニティが崩壊している都心や過疎地の多くで抱えている問題で、世界的に地域コミュニティや相互自助の重要性が見直されているということだろう。
しかし残念ながら面識のない地域の人と関わったり、手を差し伸べたり、それを受容したり、ということすらも勇気がいる世の中になってしまっていると思う。
その壁を取り払うために、安心ですよの認証のような形で、携わる人にも、サービスを受ける人にも、認知されていくべき認証だと思った。
公園おじさんにもぜひ、他薦で称号を付けてあげたい、と思うほどである。
そうそう、派生のシステムとして、社会教育士の講習受講有無に関わらず、生涯学習周りで貢献している人に他薦でバッジをあげられる、みたいなシステムもいいのではないか、と思ったりもする。

自分自身、転居・出産・新卒で乗ったキャリアからのドロップアウトなど環境の変化で自分を失う体験をしてきたが、学び直すことで自分を取り戻すプロセスを体験してきたので、まさにこの数年間特に生涯学習の恩恵を受けてきたと思う。それこそまさに、何回か生まれ変わっている。

この数年の学びの経験を思い出すと、生涯学習周りのサービスに携わる人にも、サービスを受ける人にも興味を持ってもらいたい認証だと思った。生涯学習を取り巻く人間関係って、決して一方向に誰かから誰かに与える、といった単純なサービスの提供ではないと思っていて、その場全体に影響が与えられ、サービスを提供する側の人もなにか得るものがある、複雑な場の化学反応のようなものだと思っている。

社会福祉、それに含まれずとも社会のためになっている活動、なんとなくやって気持ちがいいボランティア活動も含め、うまく体系的に捉えて言語化する、肯定していく、エンパワメントしていく流れであるという印象だ。お金や数字で評価しにくいから、達成度など表に出しにくいけれど、携わっている人たちが自信を持って働きを継続するためにも、広まっていってほしい称号だ。

自分のために学ぶことを続けたい。加えて誰かのために労力を捧げることも、自分のリフレッシュに繋がっている。全部やってみよう、と活力が湧く体験が重なった。

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