「みんな違ってみんないい」けど「みんな同じ」学校
「みんな同じ」という違和感
懇談を控えた7月上旬。
これまでに担任と細かく連絡をとり、話していました。
「そんな風には見えないですよ(特性があるようにはみえない」
「みんな同じですよ」
「不安はみんな持っています」
「障害とか関係なく、娘さんが(学校や不安と)どう向き合っていけるか、入り口を探しています」と特性を個性として見てくれる姿勢があります。
しかし夏休みを前にした懇談で何を話すか思案する私は、ある「違和感」を抱えていました。
これまで、スクールカウンセラーさんには娘が私に話してくれた言葉やその奥にある気持ち、私が返した反応などは話していましたが、担任とはかなり断片的にしか話せていない気がしていました。
そこで娘の特性(ASD/ADHDやARFID)をふまえ、過去の娘の発言から「彼女がどう感じ、何を伝えたかったのか」を具体的に書き出し改めて共有しました。
娘が話す一番の困りごとは「学校に行けない」ことではなく「不安な気持ちを自分でコントロールできなくなった」ことです。
個性で片付けられない生きづらさ
特性を個性で見てくれる学校側の姿勢はありがたいものです。
「みんな同じだよ」と言われると安心感もありますし、優しさや気遣いから出た言葉というのも理解できます。
でも、それでも娘は自分の生きづらい気持ちを「みんな同じ」や「個性」で片付けられないほど悩んだから診断を望んだのです。
担任に『不安で消えたくなるのも「個性」ですか?』
と聞きたくなる衝動を抑えている自分がそこにはいました。
「それは特性だからしょうがない」
と支援者や学校側に突き放された話も聞きます。
「あれ?うちは逆なのに。個性として見てくれているのになんで違和感があるのか」と数日考えていました。
私が娘を見る視点と教師(学校側)が見る視点はもちろん違います。
いろんな視点があって当然です。
これまでに担任から娘に「伝えて欲しい(もちろん娘に負担のない範囲で)」と預かった言葉は「そんな言葉をかけても娘の心は1ミリも動かないだろう」と私でも思う言葉でした。
伝言係としての私が様子を見ながら娘に伝えたところ何度か
「は?それどういう意味?そんなんで学校に来ると思ってんの?」
とちょっとキレられました。
おそらく多数派はそれで動くでしょう。
では少数派が動きたくなる言葉はありますか?
決して学校に挑戦状を叩きつけたいわけではなく、教育のプロなら少数派の心に響く言葉を一緒に探して欲しかったんだと思います。
多数派のシステムと「当たり前」
結局、特性を個性と扱ったとしても多数派向けの教育方針だから不登校が増え続けるわけで、少数派はそれに合わせるか弾かれるしかないですよね?
今のシステムに合わせるにはみんなと同じ(本人にとってはそれ以上の)我慢や頑張りを少数派が求められるわけですよね?
「みんな違ってみんないい」はただの綺麗事ですか?
と、学校に問いかけたくなる気持ちがありました。
(ちがう、ちがう、そうじゃ…
学校とは協力するために来てるんやったわ)
そんな気持ちを抱えて悶々としていると、ふと気がつきました。
たぶん私はずっと怒ってたんです。
娘のしんどさや不安を「よくあること」と受け流す人たちに。
学校という枠組みでしか動けないシステムに。
そして今まで娘のしんどさを同じように受け流したり、そのシステムを前に何もできない自分自身にも。
世の中はそういう仕組みで成り立っている。それはわかっています。
私だってそうやって多数派として生きてきました。
自ら声を上げなければ存在しないものとして扱われる。
助けてと叫ばなければ手も差し伸べてもらえない。
「生きる」って結局のところそういう「当たり前の自立」を求められるということも。
でもその「当たり前」が娘には精一杯背伸びをしても、なお届かないものだったのです。
私ができることも環境を整えるなど限られていて、娘自身が自己理解を深めて不安との付き合い方を覚えて、自分の足で立って一歩踏み出すのを見守るしかできないんです。そうしないと娘を追い詰めてしまうことは、もうとっくに分かっていました。
やっと手にした強さ
「中学校のゴールをどこにするかですね…」
と言われて思わず
「学校に行くか行かないかは私にはどちらでもよくて、何をするにせよ、娘の二次障害がひどくならないようにしたいですねー」と、サラッと答えられる強さをやっと手にしました。
「何かできることはありますか?」と聞かれても「特に…ありませんね」と笑って答えるしかありません。
逆に娘の今のこの状況でなにかあるのでしょうか。
学校にできること。
別室登校やオンラインの選択肢があるのはわかっています。しかし外出はおろか、日々の生活すらままならない状態の子に学校は何ができるんでしょうか。
学校や勉強よりも心身の状態を立て直してほしいと願うのは当然のことではないでしょうか。
もしあるならば、それはそちらで考えて提案してほしいです。
ついでに我が子だけでなく35万人超の不登校の子たちの分もよろしくお願いしたいです。
そんな毒が出そうなほど、学校と娘の板挟みになった私は追い詰められていたのかもしれません。
迎えた懇談
行く前に一応、一緒に行くか声をかけましたが「むりー」と返事がありました。
事前にもらっていた職業体験の希望表は「行かないからね」という前置きはありましたが、第五希望までしっかり記入してくれたので持参できました。
とても小さな繋がりですが娘が学校と繋がりたい気持ちがゼロではなかったことに担任はもちろん私も嬉しく思いました。
担任とは長々と話しました。娘のしんどさを特性も含めて理解しようとしてくれる姿勢は感じられました。
「中学校のゴール」は具体的には決まりませんでしたが、今はここが私たち親子の着地点です。焦らずに周りの意見を聞きながら親子だけで抱え込まず一緒に考えていければ、とほんの少しだけでも思えた懇談でした。
