「眠りの悪魔はパフェを夢見る」第2話
バクヒツジくんの話を要約すればこうだ。私たちの暮らす世界とは別に存在する、悪魔たちの住まう魔界。人間の感情や気力など生命活動に由来するエネルギーは彼らにとって効率よく使える糧であり、エネルギーを集めて大金を稼ぐために人間の世界へとやって来る。その中で人間にとっても負担が少なく、悪魔にとってもばれにくく仕事がしやすいのが、夢だ。
夢。それは人間が睡眠中に見ている記憶の集合体。その日にあった出来事を脳が整理し記憶するために、情報をやりとりする際に見ているとされる。自分でも気づかないような無意識や、古い記憶まで入り交じり非常に混沌とすることもある。夢自体は睡眠の度に生み出され、奪われたとしても夢も見ないほどぐっすり眠れたのだと思われあまり気にもされない。悪魔の中でも夢魔は夢を集めるのに長けており、人間界で稼げるチャンスとたくさんの夢魔が人間界へと訪れている。
「本来は魔界からこちらへ来るだけでも大金が必要なんです。でも、それだけの価値がある。その理由が、パフェです!」
「パフェって、デザートの?」
「ええ。あなた、シメパフェってご存じですか?」
昨日の千夏との会話が蘇る。なんだろう、どこの世界でも流行と言う物は似通うのだろうか。
「夢というのは脳内の連想ゲームに近い物があって、感情に起因して時系列を無視した記憶を結びついたりしてるんです。翌日に不安があると、とっくの昔に卒業したはずの学校に遅刻したり、忘れ物をする悪夢を見ることはあるでしょう?」
彼の言うとおり、大人になった今でも子供の頃の失態に息を切らせて跳ね起きることはある。それも、アルコールで流し込んで眠るようになってからは夢も見ずに起きるのでご無沙汰ではある。
「時系列を無視して無秩序に混じり合っているせいか、そのまま食べると雑味が多いんです。そこで、発明されたのがこれです」
まるで自分の手柄のように彼はグラスを掲げる。
「このグラスに取り出した夢を注ぎ、冷蔵庫で冷やす。それだけで自然と比重で層が生まれ、パフェとしておいしく美しく食べられるのです! 夢のシメパフェ、つまりは夢パフェです!」
「ええと、おいしく食べたいのはわかるけど、わざわざパフェにする必要ってある?」
野暮だと思いつつ、口にしてしまったものは仕方がない。悪魔は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、千夏とそっくり同じようにせせら笑う。
「大アリですよ。日々の終わりを美しいパフェで終わらせるなんて最高の贅沢でしょう? 見栄えが良ければよりおいしく感じますし、何より映えますから!」
「どこも同じようなことしてるんだね」
「何を言います! 人間界の文化を取り入れた結果ですよ。悪魔は楽しく愉快なことを常に求めているので」
「文化だなんて大げさじゃない? ただのお洒落なデザートでしょう」
私の言葉に、悪魔はむっとしたように目を鋭く光らせる。
「パフェを侮らないでいただきたい! 元はフランスで生まれたパルフェはアメリカのサンデーなどを経て、日本で独自のデザートとして発展していきました。そして北海道で飲みの席のシメとしてアイスクリームを食す文化から派生したのがシメパフェ。完璧の名を掲げる甘味を一日の終わりとっするなんて、なんと素晴らしい思いつきでしょう!」
怒ったり褒め讃えたり忙しい奴だ。そして、彼の長くなりがちな話には眠りを誘う効果でもあるのか、普段よりも長く寝たと言うのに思わずあくびが出そうになりかみ殺す。
「それで、私の夢をパフェにして食べたんじゃなかったの? ぐっすり寝ちゃってたけど」
パフェの話に夢中で忘れていたのだろう。本来の目的を思い出した彼はずいとこちらへ詰め寄ってくる。
「そうですよ! あなたがお酒を飲んで寝るから、夢までアルコールが染みてしまって。一口食べて、酔っぱらって寝てしまったんです。せっかく楽しみにしていたシメパフェが台無しですよ!」
「それは私のせいじゃないでしょうよ。別の人に、それこそ良い夢を見る人のところに行けばいいじゃない」
「良い夢なんて、ボクみたいな大した取り柄もない夢魔には回ってこないんですぅ! しかも『バクは悪夢が好きだろう』なんて言われる始末で。中国の幻獣の獏と動物のバクは違うっていうのに、まったく・・・・・・」
ぶつぶつと文句を垂れる様から、かなりご立腹のようだ。ずっと楽しみにしていたのだろうに、ようやく来れたと思ったらお預けを食らってしまったのだ。そう考えると少しだけ哀れになってくる。
「よかったら、簡単にだけどパフェ作ってあげようか?」
ぱあっと目を輝かせる彼を見て、余計なことを言うんじゃなかったと後悔に襲われた。
勢いで言ってしまったが、私はお菓子も大して作ったことなどない。せいぜい小学校の頃にバレンタインにクッキーを焼いたり、チョコレートを湯煎し型で固めてデコレーションしたことがあるくらいだ。自分の手で作るよりも買った方が安いしお手軽だ。そもそも、甘いものより塩気のある食べ物のほうが好みなのだから、手作り菓子に興味が向かないのも仕方がない。パフェを作るなんて言った物の、本当はどうすればいいかなんてわからなかった。それでも、あんなに楽しみにしていたパフェにありつけなかった彼の切なそうな姿を見てしまったら、何か声を掛けなくてはと思ってしまったのだ。私のせいでご馳走を逃してしまったという若干の負い目もないことはない。
とりあえず台所に立って見たものの、悪魔から借りたパフェグラス以外にパフェらしい材料はあっただろうか。千夏に見せて貰った豪華で繊細な芸術品みたいなものはハナから諦めている。彼だって、流石にそこまでのレベルを私には求めていないだろう。
とりあえず、忙しい朝にと買ってあったコーンフレークを中程まで注ぐ。からからとガラスに当たる音が気持ちいい。同じく朝食用のヨーグルトをフレークの上に乗せるように敷き詰め、イチゴジャムもたっぷり入れる。ヨーグルトのまったりとした白と、ジャムの透き通った赤のコントラストはなかなか綺麗ではないだろうか。思いがけず楽しんで作っているのを自分でも不思議に感じながら、スライスしたバナナを縁に沿って飾り、中央にディッシャーで掬ったカップのバニラアイスを乗せて完成だ。本当は黒糖梅酒をかけて食べるために取っておいたのだが仕方がない。
「お待ちどう様。できたよ」
声を掛けると同時に、期待に満ちた悪魔の顔が飛び込んでくる。食卓で大人しく出来上がりを待っていたのか。余程食べたかったらしい素直さが、悪魔だなんて物々しい響きに似合わずやけに可笑しい。行儀良く椅子に座る彼の前にパフェを運ぶと、感嘆の溜息を漏らす。
「これが、念願の・・・・・・」
グラスを回したり上から覗き込んだり、あらゆる角度からパフェを眺める。こんなに喜んで貰えるとは。作った甲斐があったと心の中で満足していると、悪魔は嬉しそうにこちらに尋ねてくる。
「沙恵さん、このパフェのコンセプトはなんでしょう?」
「コンセプト・・・・・・?」
「ほら、あるじゃないですか! どうしてこの味の組み合わせにしたかとか、どういう風に食べて欲しいと思って作ったかとか!」
勿体ぶらずに教えて欲しい。熱い視線で訴えかけてくる彼の情熱に、急に申し訳なくなってくる。強いて言えば朝食の間に合わせだが、そんな冗談すら言えない空気があった。
「その、初めてパフェ作ったんで、見様見真似で何も考えてなかった」
正直過ぎる私の言葉に、悪魔から表情が消えた。あんなにはしゃいでいたのが嘘かのように一気に沈み込み、持参した柄の長いパフェ用のスプーンで黙々と食べ進めていく。時間の経過と共にアイスは溶けて下の層へと流れだし、切っただけのバナナは酸化し変色して見ていてなんとも痛々しい。上の部分を食べきった後の、フレークを食む乾いた音だけが部屋に静かに響く。
「ごちそうさまでした」
空になったグラスを前に、悪魔は小さく呟く。重苦しい空気に耐えきれず、ごめん、と謝っていた。
「おいしくなかったなら、残してくれてよかったのに」
「気持ちは嬉しかったですし、パフェに罪はないので・・・・・・」
俯いたままの悪魔は、こちらに気を使ってくれているのだろう。それでも、あまりの落胆と悔しさから次第にわなわなと身体を震わせだす。
「いいよ、我慢しなくて言いたいこと言ってくれて。無責任に作るなんて言った私が悪かったんだから」
「では、お言葉に甘えて言わせていただきますが・・・・・・」
彼は怒りを目に滲ませて、無遠慮に私を睨みつけた。
「コーンフレークはかさ増しじゃありません! あれは触感を楽しむものであって、やたらめったら入れておけば良いってもんじゃないんです! それから、バナナは変色を防ぐためにレモン汁などをまぶす。酸味が加わることで、バナナ本来の甘さがより引き立ちます。アイスクリームやホイップが溶けるのを防ぐために、パフェグラスを冷やして置くのもお忘れなく!」
不満をまくし立てる勢いは、まだまだ止まりそうにない。鼻息荒く喋る言葉は更なる熱を帯びる。
「パフェっていうのは物語なんですよ! まず装飾の美しいトップから入り、見た目を楽しむ。層となったアイスやクリームを味わい、冷えた舌に香ばしいフレークやパイが軽い食感で緩急をつける。そして、グラスの底に潜んだジュレやソースが余韻を持たせ全体の印象をまとめる。上から下へと層を食べ進めることで起承転結が生まれるんです! 重なる層は透明なグラス越しの見栄えだけえじゃなく、味や食感の変化を楽しむために計算して作られたもの。つまり食べる総合芸術なんですよ、パフェは!」
熱量は十分過ぎる程に伝わってくる。心からパフェが好きなのだろう。だが如何せん、彼の長話が始まると睡魔に襲われてしまうのだ。必死に眠気を堪えているせいで潤む瞳に、悪魔は思うところあったのかまだまだ語り足り無そうなところを口をつぐむ。
「気持ちはわかるよ。私だって美味しくビールを飲むためにグラスを冷やしたり、綺麗な泡の層を作るために注ぎ方を研究したりするもの」
「沙恵さん・・・・・・」
「だからさ、私には君に夢パフェを食べさせることはできないけど、良い夢見そうな誰かに出会えること応援してるから」
ご馳走を満足に味わえない悲しさは私の胸にもよく染みる。彼の役に立つことは叶わなそうな私にできることなど、良縁に恵まれることを祈るくらいしかない。なんとなく良い雰囲気にして送り出そうとする私に、彼は首を横に振る。決意に満ちた眼差しに、嫌な予感が込み上げてくる。
「ボクは、まだ諦めきれません! どうせ次に回されるのだって夢見の悪い人に決まってます。なら、自分で良い夢を育てるしかないんです!」
「育てるって言ったって、どうするの?」
「それこそ眠りの悪魔である、夢魔の腕の見せ所ですよ」
ぬいぐるみのような姿に見合わぬ悪い笑みが、ぐっと顔前に寄る。
「沙恵さん、あなたに最高の眠りと夢見心地を提供します! だから、ボクに協力して下さい!」
「協力するって、つまり?」
聞きたくはない。聞いてしまえば断るのは困難になるだろう。だが、先程のいい加減に作ったパフェで幻滅させてしまった手前、少しくらいならと耳を傾けてしまう。
「眠りの品質改善です! 良い夢は良い睡眠から。上質な眠りのために、ボクが可能な限りサポートしますから!」
「待って? それは、しばらくここに住むってこと?」
「もちろん! 他に行くあてもないですし。あ、ボクのことはお構いなく。置いて貰えるだけで十分なんで」
「お構いなくったって、私は気にするんだけど・・・・・・」
このままじゃ居着かれてしまう。やんわりお断りしたいが、彼の方でも必死なのだろう。
「パフェというのは、フランス語で完璧を意味するパルフェから来てるんです。沙恵さんがパフェを食べさせてくれると言ったんですよ? あんな生半可なものじゃボク、納得できませんから!」
お互いに譲れぬ主張にしばらく視線をぶつけ合わせた後に、先に根負けしたのは私の方だった。一つ溜息を吐いてから、悪魔に向き合う。
「君のこと、なんて呼べばいい?」
「どうぞお好きなように」
勝ち誇った顔が鼻につくが、短い付き合いだろうし我慢しておく。
「じゃあ、バクでヒツジだからバジー。よろしく、バジーちゃん」
角だったホイップのような頭を撫でると、彼は不服そうに鼻を鳴らすのだった。
