「眠りの悪魔はパフェを夢見る」第4話
「急に習慣が変わると寝付けないこともありますから、気楽にいきましょう! リラックス、リラックス!」
「よく言うよ。君のせいでこうなってるのに」
枕元で寝そべるバジーは他人事だからと暢気そうで文句だって言いたくなる。初めてのプリンパフェ体験で失念していたが、今日は久しぶりにお酒を飲まないで寝るのだ。酔って心地よく意識を失うことはなく、自分から眠りの波を引き寄せなければいけない。
眠れなかったりしたらどうしよう。ベッドに横たわったものの、微睡みは訪れず不安で目が冴えてしまう。早く寝なければと意識するほど、余計に眠りが遠ざかっていくようだ。
「やっぱり、ビール飲んで良い?」
「ダメです。それじゃ意味がなくなるじゃないですか」
善意で付き合っているというのに、酷い悪魔だ。バジーを恨めしく思ったところで、瞼が重くなる気配はない。
質の高い眠りを取るために湯船にゆっくり浸かり、体の内部の温度を上げ、下がってきたタイミングでスムーズに入眠する作戦も失敗に終わった。軽いマッサージも、クラシック音楽や波の音を聴いて心を落ち着かせることも上手く行かない。目を瞑ってじっとしていても、眠気はなかなかやってこない。
いつも通りができなくなると、こんなにも不調になるのか。今まで意識せずとも自然に行えてた分、寝入りの難しさに途方に暮れてしまう。
「じゃあ、いっそのこと起きてましょう。一度眠れないイメージが着くと今後も不安に襲われて眠ることに苦手意識が出てしまいますから」
夢魔というだけあって、眠りに関してのバジーの意見は的を得ている気がして、大人しく従うことにする。ベッドに腰掛け壁掛け時計を見れば、普段の就寝時間より大分早い。
「沙恵さん、キッチンをお借りしてもいいですか?」
「いいよ、好きに使って」
ぴょんとベッドから飛び降りたバジーは、とことこと蹄を軽く鳴らしながら台所へと消えていく。眠りに就くために数えるヒツジと、悪夢を食べる伝説の生き物と同じ名を持つバクの悪魔だ。睡眠の御利益がありそうで頼もしいが、この苦労も彼が原因なので複雑な気持ちになってしまう。
小さいから踏み代替わりの椅子でも持って行こうかと考えていると、バジーが戻ってくる。ティーポットとカップを乗せたトレーは私の家の物ではなく、冷蔵庫やタブレットのようにどこかから出したのだろう。
「お待たせしました。どうぞ、カモミールティーです。睡眠促進効果があり、語原はギリシア語でいう『大地のリンゴ』に由来してるんですよ?」
事前にカップも温めておいたのだろう。湯気のたつカップを受け取れば、リンゴにも似たフルーティーな香りが広がる。味もすっきりとしており温かさに自然と心が落ち着く。
「心地よい香りはリラックスにもってこいですからね。ハーブティー以外にも、アロマなども健やかな入眠に使われたりするんですよ? 特にラベンダーの香りは精神を安定させる効能があり高い入眠効果も期待され……」
カモミールティーが早速効いてきたのか、バジーが説明を始めた途端に急な眠気に襲われる。パフェの話といい、やはり彼の長話には眠りを誘う効果でもあるのだろうか。カップをベッドのサイドテーブルに起き、再び横になる。これならすぐにでも眠れそうだ。
そう言えば、と眠気に負けそうになるのを堪えて質問する。
「学校の授業でさ、先生の話に眠たくなることってあるじゃない? あれにも理由はあるの?」
唐突な話題だったが、自分の得意分野に興味を持って貰えたのが嬉しいのかバジーは機嫌良く応じてくれる。
「それは『モノトナス』ですね! 単調という意味ですが、脳がモノトナスな状態が続くと眠くなるものなんですよ。車窓から長く続く変わり映えのしない風景を眺めている時や、あまりにも淡々とした静かな映画を鑑賞している時なども・・・・・・」
「モノ、ト、ナス……」
バジーの語りはまだまだ続いていたが、あまりの眠気に抗えず気絶するように眠りに落ちていた。
名前を呼ばれた気がして目を薄く開けると、あまりの朝日の眩しさに目を瞑る。
「おはようございます、沙恵さん。さあ、こちらへ!」
薄目で時計を見れば、まだ六時にもなっていないではないか。早朝から元気なバジーの声が耳にうるさい。
「バジーちゃん、今日は日曜日だよ? 休日は寝坊してもよくない?」
「何を言いますか! 良質な睡眠は一日にして成らず。正しい生活リズムを作るには、日々の生活習慣が大事なんです。ほら、太陽の光を浴びて体内時計をリセットしないと!」
窓際に立たされて日光を全身に受ける。日曜日はだらだらすると決めているのに、まだ眠ったままの朝の町並みを拝む羽目になるなんて。
「昨日はよく眠れたでしょう! カモミールの効果と、ボクが喋っていたお陰ですね。眠りのプロフェッショナルであるボクが隣にいることで、安眠できたんですね!」
自信満々に頷く彼にはモノトナスの件は伝えずにおこう。実際に、眠れず焦る気持ちを和らげてくれた感謝はあるのだ。
「ところで、夢パフェはうまくいった? ビール我慢してるんだから、成功してくれなきゃ困るんだけど」
「それが……」
先程までの元気の良さが急に曇り、バジーはしぶしぶと小型冷蔵庫を出現させる。扉の中にあったのは、なんとも言い難い濁った色合いの液体の入ったグラスだった。
「これが私の夢?」
「やはり今までの眠りの質がよろしくなかったせいですね」
バジーが残念そうに取り出したグラスを傾けると、どろどろした中身は空気に溶けて霧散していった。思った以上に悪い結果に落ち込んだだろうか。願わくば諦めてはくれないかとバジーを見れば、逆にやる気が出てきたようで鼻息荒くやる気に満ちている。
「と言うわけで、生活改善です! おいしいパフェを作れるように頑張りましょう。まずは朝食をよく噛んで食べて、少し休んだらウォーキングをしましょう。適度な運動は健康にもいいですし、程良い疲れは心地の良い睡眠に繋がりますからね。ね、沙恵さん!」
笑顔を向けられてしまうと、やりたくないとは言えなくなってしまった。
