「眠りの悪魔はパフェを夢見る」第3話
「ではまず、断酒しましょう」
「断固拒否します!」
思わずテーブルに強く手をついてしまう。私の返答の勢いに、バジーも流石にたじろぐ。今後の方針を話し合おうと向かい合って座った私たちの会議は早速難航していた。夢のパフェを食べるための睡眠の改善には協力すると言ったが、日々の楽しみを奪われるとあっては話は別だ。
「寝酒はリラックス効果があって、適量なら睡眠導入にいいんでしょ? なら良いじゃん」
「そもそも、あれはウォッカやウイスキーみたいな度数の高いお酒をちょっと飲むものなんです! あなたのはビール飲んで気持ちいいまま寝ちゃうだけじゃないですか。困るんですよ、夢にアルコールが染み込んで」
お酒に弱くて少量でも酔って眠ってしまうバジーにとって、この問題は重要なものなのだ。だが、一日の最後をお酒とおつまみで締めると決めている私にもここは退く訳にはいかない。
「別にお酒を飲むなって言ってるんじゃないですよ? ただ、寝る直前に飲んで欲しくないってだけで」
「ならバジーちゃんは、酔って気持ちよく眠りにつくあの感覚を越える眠りを私に提供できるのかい?」
どうにか寝酒絶ちを撤回すべく、意地悪なことを言ってしまう。これで諦めてくれと心の中で願うも、バジーの目に闘志が宿る気配を感じ取る。
「いいでしょう、やってやろうじゃないですか! こっちにも夢魔としてのプライドがありますからね!」
逆に彼を焚きつけることになってしまったようだ。しばらく酔って眠れないことにがっかりと肩を落とす私にバジーはさらに続ける。
「心配は無用です。ボクが責任を持って沙恵さんを睡眠に導きますから! 人間界でも睡眠の質向上は流行っているのですし」
バジーの言うとおり、人間にとって良い睡眠を取るのは重要課題となっている。コスパとタイパに重きをおく現代社会では如何にしっかり眠り、体と脳を休めて日中最高のパフォーマンスを発揮することが必要になってくる。今や忙しくて寝ていない自慢など、自分の効率の悪さを触れ回っているようなものだ。睡眠の周期を記録するアプリや睡眠導入用のASMR動画も多く出回り、よく眠れると巷で話題の乳酸菌飲料は一時期手に入らない程の人気ぶりだ。睡眠不足による集中力の低下からの大事故や、不眠症に悩まされ精神的に参ってしまうケースさえある。夢魔だけでなく、人間にとっても眠りは無くてはならない大切なものなのだ。
「適度な運動にバランスのとれた食事、何より安定した体内時計のリズムが重要となってきます。早速ですが、沙恵さんの一日のリズムから教えて下さい」
「本当に、一から体質改善していくんだ」
「そりゃそうですよ。おいしい夢を食べるためですから」
真剣な顔のまま、バジーは聞き取り調査のために手帳を取り出した。
「まず、普段の朝食は何を食べていますか?」
「手軽に食べられるトーストとか、ヨーグルトやコーンフレークかな? 朝は忙しいから手軽に食べられるものがいいし、遅刻しそうな時は抜いてるかも」
聞いた側から、バジーの表情が険しくなる。
「それはいけません。朝食でエネルギーを摂取し、よく噛むことで覚醒が促されるというのに!」
手帳に赤ペンでさっと何か書き足してから次の質問に移る。
「では、一日の運動量は?」
「電車通勤だから、家から駅まで往復10分かからないかな」
「では、会社の一つ手前の駅で降りて歩く時間を作りましょう。寝る時間は?」
「帰宅時間にも左右されるし、眠たくなってきたら寝るからまちまちで……」
「時間は決めておいた方が、自然に体内リズムができてきます。徒歩が加わり通勤時間が早まるので毎日十一時までには就寝したいですね」
私の日常生活にケチをつけながら、バジーはさらさらと改善点を書き込んでいく。本当に良質の夢を生産するために管理するつもりなのだろう。私が家畜のような扱いに辟易していると、それを察してか安心させるようにバジーは言う。
「もちろん、沙恵さんだけに苦労はさせませんよ。ちゃんと眠りのサポートもしますから任せて下さい」
胸に手を当て誇らしげな彼には悪いが、今の時点で今後に不安しかなかった。
スケジュールを決め終えた時にはすっかり日も落ちていた。
「夕飯作るんだけど、夢魔って夢以外に何食べんの? さっきはパフェ食べてたけど」
「なんでも食べますよ。夢ほどおいしくありませんが」
どうしても風貌から牧草や果物を食べるイメージが浮かぶが、そこら辺は悪魔らしさがある。
「ですが、もしリクエストが叶うなら食べたいものが……」
そう言って、バジーは太めの前足を器用に使って持参したタブレット機器の画面を見せつけてくる。
夕暮れから夜に移り行く町は、休日のせいか時間も緩やかに感じる。早めの夕食の後でわざわざ保冷バッグまで持って、私も人がいい。バジーの願いを叶えるため、指定された近所のコンビニまで行くと鮮やかな幟旗が目に入る。風に躍る季節のパフェの旗は思わずちょっと立ち止まってしまう魅力があり、黄色が目立つ看板に引き寄せられてしまうのも無理はない。私はと言えば、コンビニでパフェが買えることに少なからず驚いていた。レストランやカフェでしか味わえないと勝手に思っていたので、こんなにお手軽に買えるだなんて知らなかったのだ。バジーにそう伝えたところ、あまりの興味のなさに嘆かれたのはないしょだ。
店内に入ればレジ上に大きくパフェメニューが張り出されている。季節ごとに目まぐるしく商品が入れ替わるのがコンビニの長所だ。大型スーパーでは出会えない新商品やプライベートブランド品を仕事終わりに覗いて、おつまみ代わりに買っていくこともある。
だが、今回は違う。乾き物たちを名残惜しく通り過ぎ、まずは冷凍食品コーナーに向かう。詰め込まれたアイスやシャーベットを覗き込めるボックス型のショーケースと違い、ガラス戸の棚の中にはブロックアイスや凍ったスポーツドリンク、冷凍食費もピザに餃子、餡まんからアップルパイと多岐に渡る。戸を開けて冷気を浴びながら手に取ったのはパフェアイスだ。カフェで出てくるような大きなプラカップの上に、丸いドーム型の蓋が被せてある。上に角立ったアイスの形を崩さないようにだろう。下にも数種類のアイスが層になり、それがチョコ、イチゴ、チョコミントと何種類もある。とりあえずイチゴを二つ手に取りケースを閉める。
次はチルドのデザートコーナーだ。プリンやゼリーと一緒に、聞いた通りパフェと書かれたカップスイーツが目に入る。背の高いグラスというのがパフェのイメージだったが、今は平皿に乗っていたり筒状のグラスに入っているパフェもあるらしく奥が深いそうだ。
ブラウニーケーキが可愛らしいそれは、チョコホイップにムース、スポンジケーキにプリンとチョコレート尽くしだ。こちらもパフェアイスと同じように二つ買う。
手の冷たさを我慢してレジに並び、最後のパフェを注文する。時間が掛かると呼び出し番号の書かれた引き渡し権を貰い、保冷バッグにパフェを詰めながら呼ばれるのを待つ。注文されてから作り始めるので、自分のためのパフェが厨房で用意されているのだと思うとバジー程ではないが少し気持ちが浮き立つ。
番号を呼びながら出てきた店員の手元に自然と目が吸い寄せられる。プラスチックのカップは丸い口から根元へとすぼまっていき、細い脚の下に丸い底皿のついたパフェグラスだった。
頼んだプリンパフェは黄色いプリンにカラメルソースのリボンが絡まるように模様をつけている。聳え立つソフトクリームにはローストシュガーのトッピングが施され、こちらも崩れぬように上部に穴の開いた丸い蓋を被せられている。
バジー曰く、ここのソフトクリームはなめらかな口当たりの分溶けやすいそうなので、カップを倒さないように保冷バッグに詰め慎重に早足で家に帰ることになった。
出迎えたバジーは、早く早くと子供のように足元で急かしてくる。アイスパフェとカップのチョコパフェを冷凍と冷蔵にしまってから、プリンパフェを取り出す。ややソフトクリームの形が崩れてはいるが、それも気にならないようにバジーは目を輝かせて受け取り食卓へと運ぶ。
「パフェを買うのは良いけど、私まで食べる必要ってある?」
「ありますよ! 夢はイメージが重要なんです。想像だけで食べたことがなければ、イメージの付けようもないでしょう?」
そう言うものかと納得して私もバジーの向かいに座り、付けてもらったスプーンを手にする。
ソフトクリームを掬って口に運ぶと、なめらかな口溶けの中にローストシュガーの香ばしさとじゃりっとした食感を感じる。プリンも市販のカッププリンとも違う、とろける濃厚ななめらかさにほろ苦いキャラメルソースがよくマッチしている。種類の違う甘さと食感が、食べることを飽きさせない。そして、プラスチックといえど、パフェグラスに盛られているだけで一気に特別感が出てくる。
なるほど。彼がパフェに夢中になる気持ちが少しだけわかったかもしれない。
「これですよ。これこそ、ボクの求めていたパフェです!」
愛おしそうにゆっくりと味わいながら食べ進めるバジーは、念願叶って幸せそうだ。
「よかったね、パフェ食べられて。もう満足したんじゃない?」
「まだです、夢パフェが本来の目的ですから!」
慌てて否定してから、彼は再びパフェに向き合う。
ふとバジーの角立った髪型にフリルの襟飾り、丸く膨らんだお腹のシルエットはグラスに盛られたパフェに似ているのに気づき、私は一人ほくそ笑んだ。
