「眠りの悪魔はパフェを夢見る」第5話
「沙恵さん、最近ぴしっとしてません? 何かありました?」
千夏の声で面白がっているのが伝わってくる。バジーがやってきてから二週間近く経つが、自分でも健康になってきているのがわかるのが嫌なところだ。早起きして朝日を浴び、運動のために一駅分歩くのも苦ではなくなってきている。何より朝すっきりと起きられて、仕事中も眠たくならないのだ。バジーの作る料理もおいしく、居候の礼に掃除洗濯もやってくれるので助かっている。お酒が飲めないのは残念だが、肝心の夢パフェも味は悪いが層が見えるようになってきて少しだけ張り合いが出てきている。
「ちょっとね。ホームステイの受け入れした子が、健康マニアで付き合わされてて」
妙に勘ぐられても困ると思い、ぎりぎり嘘にならないぐらいに話してみると、千夏が俄然食いついてくる。
「すごーい、異文化交流だ! どこの国の人ですか?」
「どこだったかなぁ。とにかく遠いんだって」
「沙恵さんって意外とグローバルなんですね? 何目的で日本に?」
「とにかく日本のパフェ文化が好きで、毎日コンビニでパフェ買ってきてって頼まれてるよ」
これは本当だ。期間限定の旬の果物メニューが登場したり、新商品が出るからと仕事終わりに毎晩コンビニに寄っている。しかも、コンビニごとに持つプライベートブランドから出る商品もあるので、何種類ものコンビニをぐるぐると回っている始末だ。パフェの情報量を増やすためにと私も一緒になって食べているので、癪ではあるが少しずつ詳しくなってきている。
「そうだ、千夏ちゃん。この前言ってたシメパフェだけど、今週末はどうかな?」
「えー、行きましょ行きましょ! スケジュール空けときますね!」
バジーには悪いが、コンビニスイーツだけでは物足りなくなっているあたり、私もだいぶ毒されているようだ。
仕事終わりにパフェを食べに行くだなんて、少し前の私ではあり得なかっただろう。時計が終業の時間を差したのを見計らい、私と千夏は逃げるように職場を後にし週末の町へと繰り出した。
歩いて数分でたどり着いたカフェバーは、まだ店を開けたばかりか客は少ない。薄暗い店内には静かにジャズが流れ、ここでパフェを食べるのだと思うとちょっと贅沢な気分が味わえる。
メニューを開けばお酒と一緒にパフェの写真が並んでいる。シメパフェなのでアルコールを使ったものや、お酒に合う材料で作られたもの。SNS映えしそうなデザインにこだわったものまで様々並んでいる。持ち歩いても崩れにくい安定感やコストに重視をおいたコンビニパフェと違い、お高い分こだわりの詰め込まれたグラスの芸術は見ているだけでもくらくらする。決めるだけでも時間がかかりそうだ。
「沙恵さんはお酒のペアリングがあるパフェですよね?」
「ペアリングって?」
「一緒に味わうことで味がより引き立つドリンクメニュー、みたいなことですかね?」
ほら、と千夏がメニューを指さす。確かにアイスやムースにふんだんにチーズを使用したパフェには濃厚な赤ワインが、和三盆糖を使ったアイスに抹茶餡や黒ごま蜜を添えた和風パフェにはきりりと辛い日本酒がセットになっている。
「アルコール控えてるんだ、ホームステイの彼が嫌がるから」
千夏は驚いた顔のあとで、にんまりとした笑みを浮かべる。
「なんか、やけに親身になってませんかぁ?」
「せっかく一緒にいるんだから、お互いに気持ちよく過ごしたいだけだよ」
まだ何か言いたそうな千夏を遮り、ダークショコラとベリーのパフェとプーアル茶のセットを頼む。チョコレートと中国茶の組み合わせがどんな味わいになるのか想像つかず興味が沸いたのだ。千夏も慌てて、ペアリングセットのパフェを注文する。
待っている間にメニューを見れば、パフェを構成する素材の詳しい説明が書いてある。ホワイトチョコレートの細工にダークチョコのショコラアイスとラズベリーの実。ベリーシャーベットとナッツのグラノーラとドライストロベリー。チョコムースときて最後にベリーのソースがくる。
「パフェって、物語なんだって。上から食べ進めて、その計算された味の組み合わせを楽しむのが醍醐味らしいよ」
「へぇー、なんだか難しそうですね。私は可愛くておいしければなんでもオッケーです!」
初めての本格的なパフェに自分でも思っている以上にわくわくしているのか、バジーの受け売りをそのまま千夏に話してしまったのが気恥ずかしい。誤魔化すように千夏と他愛のないお喋りをしていると、私と千夏のそれぞれに背の高いパフェグラスとドリンクが運ばれてくる。
丸いダークショコラに赤い宝石のように散りばめられたラズベリーと、贈り物のラッピングリボンとなったホワイトチョコがなびく姿に息を飲む。グラス側面に覗くチョコの茶色とベリーの赤で作られた層は美しく、思わず見惚れてしまう。そして、注いで貰ったプーアル茶がなんとも香り高い。
「めっちゃ素敵ですねぇ……」
あらゆる方向からスマホに写真を収めながら、千夏はうっとりと自分のパフェを見つめている。
「そうだね、食べるのがもったいないくらい……」
しかし、早くしないとどんどん溶けて崩れてしまうので、千夏に倣って写真を撮ってから意を決してパフェスプーンを差し入れる。削ったダークショコラのアイスとラズベリーを口にすれば、甘みを抑えたほろ苦いチョコの濃厚さと甘酸っぱいラズベリーが調和する。幸せな余韻に浸った後で、ペアリングのプーアル茶を飲む。渋みが少なく柔らかな口当たりがチョコを引き立てていく。これは一緒に味わう意味がある。
そのまま、まったりと甘いホワイトチョコのリボンをかじり掘り進めていく。ベリーシャーベットのすっきりとした甘さに色々な食感が楽しいグラノーラ、包み込むなめらかなチョコムースを経て、果肉の残るベリーソースのすっきりとした後味がパフェを印象づける。
喋る暇さえないほど、私も千夏も黙々とパフェに向かい合っていた。食べ進めるごとに驚かされ虜になっていく。グラスを空にした私たちは、高揚感を胸に短く感想を交わし、しばし食べ終えてしまった切なさを噛みしめた。
「バジーちゃん、こんなのどう?」
初めてのシメパフェ体験の興奮のまま、スーパーで買ってきた材料で作った、筒のカクテルグラス入り即席パフェをバジーの前に差し出す。
「これは……海鮮ですか?」
「そう! ビールのペアリングとして作ってみたくて」
手巻き寿司用の海鮮セットを用いたそれは、細かく切ったサーモンのピンクに輝くイクラ、ツマの白にマグロの赤、最後に市販のポン酢ジュレがキラキラと輝いている。トップにはすり下ろしたとろろに緑のシソが効いている。
「私は甘いパフェよりおつまみの方が好きだからさ、自分好みのパフェを作るのもアリじゃないかなって思ったんだよね」
「まぁ、シュリンプカクテルにもパフェのような形のものがありますし」
ソース代わりのわさび醤油を垂らし、周りを見渡してからバジーは不思議そうに首を傾げる。
「ビールは何処でしょう?」
「え、バジーちゃんお酒飲めないんじゃないの?」
「ペアリングとして作ったなら、最高の状態で味わいたいじゃないですか」
そこまで言うならと、小さなグラスに少しだけ缶ビールを注ぐ。一抹の不安を覚えながら差し出すと、ようやくバジーは海鮮パフェを食べ始める。スプーンを口に運びつつ、ビールをちびちびと飲み進める。全て食べ終わった頃にはバジーはふらふらと頭を揺らし今にも倒れそうだった。
「ごちそう様でした、おいしかったです。魚に挟まれたイクラのぷちぷちと弾ける食感やツマのシャキシャキした歯ごたえ。わさび醤油のかかったとろろが全てをまとめ、さっぱりとしたジュレが……」
感想を言いながら、バジーは仰向けに倒れる。
「もう、お酒弱いんだから無茶しちゃダメじゃん! ほら、お水飲んで」
私がコップを差し出すと、バジーはぐびぐびと一気に飲み干す。アルコールに弱いのに無理なんかして。ベッドに運ぼうと彼を抱き抱えると、むにゃむにゃと何か喋っている。
「あなたが初めて作ってくれた、パフェとも言えないパフェ。散々言いましたが、おいしかったんですよ。ボクのためにパフェを楽しんで作ってくれた、その気持ちが・・・・・・。だから、完璧な状態で食べたかったんです……」
思いがけないバジーの本音に驚くも、すぐに寝息が聞こえだし真偽を確かめることはできなかった。
