生まれもスダチも徳島
秋のサンマに欠かせない柑橘類であるスダチはほぼ100%徳島産である。徳島以外でも生産されればもっと市場に浸透してもいいのだが、讃岐山脈にある大麻山頂上から南側に見下ろせる土地でしか育たないと徳島商業のヒーローである板東英二がテレビで言っていた。板東村椿で名を馳せ中日に入団したが、プロ野球ではパッとせず名古屋ローカルから全国区の芸能人になった。しかし高校野球ではレジェント的存在で、1回表に徳商が1点を取った時点で今日も徳商が勝ったと言われたと死んだ親父から聞いた。要は点を取られないのだ。村椿と投げ合わなければ甲子園の優勝投手だったのだろう。
大麻山の麓に阿波一宮である大麻比古神社が鎮座する。初詣と言えば生まれた時から大麻さんである。ちなみに大和葛城にある當麻寺は「たいま」と読むがこちらは「おおあさ」と断らなくてはならない。四国霊場一番札所の霊山寺はすぐ南にある他に、日本で最初に第九が演奏された板東俘虜収容所も目と鼻の先にあった。ドイツ人捕虜と収容所員や地元住民の心温まる交流は後に「バルトの楽園」として映画化もされていて、ロケセットが観光施設として公開されていたのを帰省時に見聞したが、もう閉園されているようだ。しかし跡地はドイツ村公園として整備されていて散策するにはいい。
西には映画化の前に記念施設としての鳴門市ドイツ館がある。初代に記憶がないが、現在の建物は二代目で徳島を巣立った後に竣工されている。だから一番懐かしいのは神社内にある石造りのアーチ橋のドイツ橋で遊んだスイートメモリーだ。生まれは徳島市民病院だが育ったのは徳島市と鳴門市に南北に接する板野郡北島町だ。鳴門市大麻町も合併前は板野郡で板東とは板野郡の東部の意味だと思っていたら、堀江町と板東町が合併して大麻町になっていた。生家は南に10分も歩けば徳島市なのだが通った小学校六年生の遠足は本当の意味通りの遠足で半日かけて大麻比古神社まで歩く。
ある意味趣味のウォーキングの原点のようだが、あろうことに高校受験前の初詣に初日の出マラソンと称して大麻山に同士と走って登った。デパートがないとか最後まで電車が走らなかった徳島県だが、私立高校が甲子園へ出場したことがない唯一の県だ。今も変わっていないと思うが公立高校への進学率が90%を超える。落ちる心配は万に一つも無いので余裕の思い出作りだ。大学受験も最初の共通一次試験だったが、高校受験でも新設された普通科内の英数クラスか何かに選抜された。その実力なので徳島市内4校の総合選抜合格は楽勝である。長くなったので「続生まれもスダチも徳島」に分ける。
