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魔法ファンタジーのSF化

ふと思ったのだが、魔法と超能力は似て非なるもので、文芸の世界では前者がファンタジー、後者がSFで扱われる。ところが、実際は現在の科学と同等の魔法体系が構築されている作品が最近は多く、むしろ魔法ファンタジーのほうがSFっぽくある時もある。
なぜ魔法が体系化されやすいのか、僕なりに考えてみたところ、魔法は本人に素質が必要だが、素質があれば学ぶことで使いこなせるようになる。ホグワーツのような魔法学校が存在し得る所以である。『葬送のフリーレン』でも描かれているが、魔法は体系的に整理することが可能であり、素質ある者が学べば使いこなせる点で、条件さえ整えば門戸は広く開かれている。それに、魔法は「言霊で森羅万象に働きかける=自然の力を応用する・借りる」点で現実世界の科学の代替品であり、物理法則が現実世界の科学と異なるだけで、本質的に相反するものではない。

一方、超能力が体系化されているのを僕は見たことがない。これは映画『X-MEN』を見るとわかりやすいのだが、超能力は魔法と違って属人的で、一人一能力、しかも代替が効かない場合が多い。物理法則に干渉する点で魔法と近しいが、魔法と違って「素質がある者が学ぶと何でも・誰でもできる」わけではなく、そもそも体系化ができないのである。そこから、魔法と違ってロマンより苦悩のほうが描かれやすい気もする。
僕が思うに、実際に科学と親和性が高いのは魔法のほうで、過去にはアーサー・C・クラークが「発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」と言っているが、実際に錬金術から近代科学が生まれた側面もあり、体系化された魔法が科学っぽくなるのは必定かもしれない。

魔法ファンタジーで一つのターニングポイントとなったのは、『魔法少女リリカルなのは』シリーズではないかと思う。この作品に登場する魔法は高度にシステム化されたもので、作品自体がファンタジーよりSFに近い。そして、意外にも『葬送のフリーレン』がこの延長上にある。
魔法は体系化が可能で、「魔法=力(呪力)による物理操作を可能にする技術体系」と考えると、現実の科学技術体系と置き換えることができる。
この「魔法ファンタジーのSF化」だが、その下地を作ったのは、おそらく『ハリー・ポッター』だと思われる。この作品の特徴は魔法を学校で学べるものにしたことで、これによって「魔法使いの素質がある者は、学ぶことで魔法を使いこなせる」という新たなルートが開拓された。これは、それまで徒弟制の中で受け継がれてきた技術が、専門学校の誕生で誰もが学べるものになったという歴史的経緯を想起すると、その重要性がわかってくるように思われる。

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親魏倭王(元学芸員:考古学) 現在、経済的な事情もあって、一部記事を有料にしております。 記事購入と併せ、内容が気に入っていただけましたら支援していただけると助かります。