殺された者たちの共犯

著者名:山崎哲央
目次
序章 十五時二十六分
第一部 白い栞
第二部 時刻表の一点
第三部 あの子を守る
第四部 名前を返す
終章 東京駅
※本作における列車時刻・駅構内配置・運行情報は、物語上の架空設定を含みます。
序章 十五時二十六分
名古屋駅のホームには、夏の終わりの熱が、透明な獣のようにうずくまっていた。
午後三時二十六分。
白い車体がホームへ滑り込むたび、風は人々の髪を乱し、弁当の匂いと線路の油の匂いを一度だけ遠くへさらった。案内放送は正確で、時刻表は美しく、世界は何ひとつ間違っていない顔をしていた。
少女は、小さな切符を握っていた。東京までの子ども用乗車券。汗で湿った紙は掌の中でやわらかくなり、数字だけが消えずに残っていた。
父の手が、少女の手首を掴んでいた。
それは手というより鍵だった。骨の内側で錠が回り、逃げるという言葉そのものが閉じられていく。少女は声を出さなかった。声を出せば、その声まで父のものにされる気がした。
近くで誰かが何かを叫んだ。白い手袋が人波の向こうから伸びてきた。駅員のものだったのか、別の誰かのものだったのか、のちの少女には分からない。ただ、その白だけが、轟音の前に浮かんだ最後の色だった。
父の手が離れた。
誰かが引いたのか。自分が押したのか。足が滑ったのか。叫んだのか、それとも息を止めただけだったのか。少女は十年後も思い出せない。思い出そうとするたび、記憶は新幹線の風に剥がされ、紙片のように舞った。
その先で、世界が音になった。
少女は誰かに抱えられた。見ないで、と誰かが言った。見てはいけないものを見たのか、見なければならないものから目を逸らされたのか、それも分からなかった。
ただ、切符だけが掌の中で濡れていた。
十五時二十六分。時刻表の中では、ただの数字だった。
けれどその数字は、十年後、まだ終わっていない頁を開くための栞になる。
第一部 白い栞
一 三島駅の雨
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