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定言命法~行列の横入りはなぜ悪いのか?

人間の「善」や「正しさ」をめぐる議論の歴史において、最も完成度の高い答えを示したとされる思想がある。それが哲学者イマヌエル・カントの「定言命法」である。

定言命法とは、ひとことで言えば「善い行為とは何か」を一文にまとめたものであり、その内容は次のように定式化されている。

汝の格率が、常に普遍的立法の原理として妥当しうるように行為せよ

「格率」や「普遍的立法」といった耳慣れない言葉が出てくるが、平たく言えばこうなる。

自分の行動規則(=格率)が、万人に共通する法則(=普遍的立法)として成り立つように行為せよ」

もっともっと平たく言えば──

みんながやっても成り立つような行為をしなさい

つまり、「みんなが同じ行為をしても、その行為自体が成り立つ」のであれば、その行為は道徳的に正しいと言える──ということ。

これこそが、カントが「善い行為とは何か」という問いに対してたどり着いた究極の答えなのである。

■「みんながやったら?」で考えてみる

では、「みんなが同じ行為をしても成り立つかどうかで善悪を決める」とは、具体的にどういうことだろうか。

実際の行為を定言命法にあてはめて考えてみよう。

行列に横入りする行為」──これは善い行為だろうか?
もちろん直感的には「悪い行為」である。

では、なぜ悪いと言えるのか。普通に考えれば「横入りは迷惑である、そして人に迷惑をかけることはいけない、だから悪い」となるだろう。
だが、定言命法で考えると少し違う。

実は定言命法とは、善悪(道徳)を慣習や感情ではなく論理で判断する方法なのだ。

たとえば、あなたが「行列に横入りする行為」をしたとする。このとき、「あなただけ」がやるのであれば、何も問題は起きないかもしれない。だが、それを “みんながやる世界” を想像してみてほしい。するとどうなるか。

どんなに並んでも次から次へと横入りされ、列は前に進むどころか、どんどん後ろに下がっていってしまう

なんやこれ! 並んどるのに、なんで遠ざかっとんねん!

こうなれば「行列」という言葉そのものが破綻する

もう並ぶのやめじゃ! どけどけ、おまえらーー!

すると「行列に横入りする」という概念も意味を失い、結果として「行列に横入りする」という行為そのものが不可能になってしまう。

──つまり、「行列に横入りする」とは、普遍化すると(=人類全員に適用すると)論理的に成立しない行為なのだ。

だからこそ、横入りは「悪い」と定義できるのである。

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