サンイチイチの思い出コレクション#02 『香りの帯』
サンイチイチの思い出コレクション #02
yamepin(当時51才・ライター)の記憶
震災後しばらくの間、私の町は水道が止まり、
電気もこなくなりました。
街灯も、信号機さえも点いていないある夜、
長女とふたりで住宅街の細い砂利道を
歩いていた時のことです。
見えるのは懐中電灯が照らす
丸い光の内側だけ。
元々かなり視力が悪いせいもあり、
自分が目を開けているのか
閉じているのかもわからないくらい
辺りは真っ暗闇でした。
ぎゅっとくっついて恐る恐る歩きながら、
ちょっとした気配にも
感覚が鋭敏になっていました。
ふいにいい匂いが鼻をかすめました。
梅の花の香りです。
はっとするほど濃密な香りに
おもわず立ち止まりました。
もっとよく香りを利きたくて、
鼻をつきだしながら前に進むと消え、
後ろにもどると再び香りに包まれます。
風のない夜に放たれた芳香は、
2メートルほどの幅をもつ帯状になって
道路を横切っているようでした。
光の環で探してみると、
どうやら左手の小高い草地に立つ一本の白梅が
香りの源のようです。
色がついているわけでもないのに、
その帯はまるで目で見えているように
くっきりと存在を感じることができました。
左から右に向かってゆらゆらと、
のたりのたりと流れているようでした。
もし街灯が道を照らしていたら、
家々の明りがついていたら、
香りに気づいただけだったと思います。
自分の鼻の先も見えないほどの暗闇だからこそ
視ることができた香りの帯。
暗いからこそ視えるものもある。
そんなことに気づけた、
震災による忘れられない思い出のひとつです。
