九条は国民の命を守る? それとも国民は九条の条文を守る?
Xでお話してたんです。ええ、九条関連で。先方さん言うには「そもそも憲法とは、為政者による権力の濫用を戒めるための枷です。」てなリポストをされるもんだから 「"軍備及び交戦権を認めない"第九条を支持する為政者は、国民の生命や財産を守る権利を認めないという権力の濫用をしてますね。違憲行為です。」と返したんです。
そしたら「「憲法の定める範囲で国民の生命・財産を守る」のが為政者の職務です。憲法のせいでそれが出来ないなどと泣き言を吐かすなら、その首をすげ替えてやればいいのです。」とか回答いただきまして。
ボクは「憲法の範囲外で(国民の)生命や財産を奪われる行為には泣き寝入りしろ。」という事でしょうか。「平和憲法がありますからどうか攻めてこないでください。お願いします。」嘆願がまさに泣き言そのものだと思いますけど。」って返したの。
まぁ、いろいろ考えさせられまして、この人って「権力者≒悪、憲法≒善」という大前提が込められていて、個人の自由や権利を守るためには為政者を縛る憲法こそが最重要という主張なんですね。これは憲法学の教科書的な立場でもあります。芦部さんとかそうかな?
この場でのボクがの主張は「"軍備及び交戦権を認めない"第九条を支持する為政者は、国民の生命や財産を守る権利を認めないという権力の濫用をしてますね。違憲行為です。」なんです。「憲法によって為政者が国民を守れないなら、それってなんなの?」って指摘は、戦後日本の護憲派が直視してこなかった矛盾の核心を突いてるとも言われてますよね。
「憲法の定める範囲で国民の生命・財産を守る」のが為政者の職務と言ったところで、諸外国の侵略者さんは「日本国憲法なんてアンタ等だけが守っとればエエやん。」との姿勢。そしてわれらが為政者さんは「憲法に書いてないのなら、たとえ国民が死のうがガマンしろ。あきらめろ。」というお立場。これじゃあ「国民のための立憲主義」というよりも「立憲主義のための立憲主義」になっちゃいますよね。「憲法の範囲外で生命や財産を奪われる行為には泣き寝入りしろ」とでも言いたいのでしょうか。立憲主義が万能だという前提は、現実の戦争や侵略といった他者の意志を一切想定していないです。
「平和憲法がありますからどうか攻めてこないでください。」を実現する対外お願い憲法ですか。アメポチならぬグローバルポチですか。
今を、もしくは現実を生きているわれわれは不平を言わずに法律を守ってるのならば、われわれが生きてる現実に見合った法律も欲しくなりますよね。
最後は九条に対する国民主権の優越性でもって戦うって言うのならまだ分かりますが、おそらくは「国民主権の具現化がキッチリ九条だから〜」なんでしょう。銃を突きつけられても「九条と一緒だから怖くない」と唱えて引き金を引かれるのは、ある意味「特攻狂犬説」よりもうさん臭いですよ。
早い話が思考停止のそういう人達は「特攻は国が指示したの自爆戦術」とか主張する割には、九条を神格化するあまり、導き出た回答は「戦わずに死ぬ自由を貫く」タイプの自滅主義者様御一行でいらっしゃいましょうか。「そんな事は言っていない」と言ったところで、自衛隊の海外派遣に抗議して国内でやっている抗議活動を、本気で信じているのなら、ぜひ中東や黒海沿岸地域でもやってもらいたいですね。 あれですよ、あれ。防衛施設の弾薬庫周辺道路をコースにしてマラソン開催する件。「いかにも」感を(あくまで「感」ですよ。)平和草の根活動無罪で払拭するようなあれですよ。URL貼っときますね。
だいたい「九条こそが国民主権の象徴」なんて実際にどれだけの国民が本気でそう信じているのでしょうか?それならばもっと得票数増やせよですよね。「国民主権キッチリ九条」なんて誰が信じてるんですか。
