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第8話 函館、恵庭、平取。北海道の友人たちへ



『ポンタと北へ消えた義経』は、私にとって創作であり、旅の記録でもあります。

そして、北海道の友人たちへの感謝の本でもあります。


函館。

恵庭。

平取。

この三つの場所を、友人に案内してもらいました。

その時は、まさか一冊の小説になるとは思っていませんでした。

でも今振り返ると、この本はその旅の延長にあったのだと思います。

案内してもらうということ

旅先で誰かに案内してもらうことには、特別な意味があります。

自分で調べて行くだけでは見えないものがあります。

その土地を知っている人の視線。

その人の記憶。

その場所との距離感。

そういうものを一緒に受け取るからです。

函館の船魂神社。

恵庭の義経秘宝伝説。

平取の義經神社。

どれも、友人に連れて行ってもらったからこそ、私の中で生きた場所になりました。

写真はあとから意味を持つ

旅先で撮った写真は、その時点ではただの記録です。

でも、あとから意味が変わることがあります。


この写真を撮ったとき、自分は何を感じていたのか。

なぜ、この場所で立ち止まったのか。

なぜ、この景色を残したのか。

物語を書いたあとで写真を見ると、そんな問いが出てきます。

記録は、あとから自分に語りかけてくる。

今回、強くそう感じました。

ご縁が物語を連れてくる

私は、今回の本を「必然だった」と感じています。

少し大げさかもしれません。

でも、函館、恵庭、平取を実際に訪ねていたこと。

それぞれの場所を友人に案内してもらっていたこと。

そして後から、義経北方伝説とポンタの物語がそこへつながったこと。

この流れは、単なる偶然だけでは片づけにくいものがあります。

ご縁が先にあって、物語があとから追いついてきた。

そんな感じがしています。

友人たちへの感謝

この本を出版できたことを、函館、恵庭、平取につながる友人たちに報告したいと思いました。

案内してもらった場所が、物語の中で生きています。

あの時の風景が、ポンタと義経の旅になりました。

これは、私ひとりでは書けなかった本です。

もちろん、文章を書いたのは私です。

でも、場所を教えてくれた人がいる。

そこへ連れて行ってくれた人がいる。

一緒に時間を過ごしてくれた人がいる。

そのご縁が、この本の奥にあります。

旅は終わっていなかった

旅は、その場で終わるとは限りません。

写真として残る。

記録として残る。

何年かあとに、物語として立ち上がる。

今回の本は、まさにそういう体験でした。

函館、恵庭、平取。

あの旅は、まだ終わっていなかったのだと思います。

ポンタが義経に寄り添う物語として、もう一度動き出しました。

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『ポンタと北へ消えた義経』Kindle版はこちらです。

函館、恵庭、平取の旅の記憶から生まれた物語です。


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