【ペルー旅行記③】チクラヨ、トルヒーヨ滞在まとめ|遺跡巡り・ツアー情報・おすすめグルメ
今回は、カハマルカ(Cajamarca)、チャチャポヤス(Chachapoyas)、チクラヨ(Chiclayo)、トルヒーヨ(Trujillo)を訪れた旅の記録です。利用したツアー、実際に行ってみてわかった感想、そしてこれから旅行される方へのアドバイスなどをまとめていきます。
実際のルートは、トルヒーヨ → カハマルカ → チクラヨ → チャチャポヤスの順で移動しましたが、今回はわかりやすさを優先して、トルヒーヨ(Trujillo)とチクラヨ(Chiclayo)のみを解説します。
■ トルヒーヨ〜カハマルカ〜チクラヨ間の移動について
これらの都市間の移動は、以下のバス会社・予約サイトを利用しました。
▶︎ Linea Bus公式サイト
Linea Busというバス会社で、出発時間はほぼ正確で、座席も清潔で快適でした。トルヒーヨ、カハマルカ、チクラヨ間の移動には非常におすすめです。こちらのバス予約総合サイトから予約できます。
■ 北部ペルーの古代文明(海岸部中心) 〜 モチェからチムーへ、そしてインカへ
そもそもペルーの古代文明は、地理ごとに大きく4つに分類される
ペルーの古代文明は、その地理的特徴と文化の違いから、以下の4つのエリアに大きく分けて語られることが多いです。
海岸地域の湾岸文明(リマやトルヒーヨ、チクラヨ周辺)
→ 例:カラル文明、モチェ文明、チムー文明などアンデス高地の山岳文明(クスコやカハマルカ周辺)
→ 例:チャピン文明、ワリ文明、インカ帝国などリマ周辺の中央海岸文化圏
→ 例:ナスカ文明、パラカス文化などアマゾン東部・北部山岳地帯の文明(チャチャポヤス周辺)
→ 例:チャチャポヤス文明など
これらは互いに完全に孤立していたわけではなく、交流・影響し合いながら独自の文化を発展させてきました。今回紹介するのは、このうちの1. 海岸地域の湾岸文明(特に北部)に該当する文明の流れです。
北部ペルーの古代文明の系譜(海岸部中心)
北部ペルーの海岸地帯では、時代の流れとともにモチェ → シカン 、チムー(併存) → インカという順に文明が興隆し、互いに影響し合いながら発展していきました。
➀ モチェ文明(Moche)【紀元後100年〜700年頃】
拠点:トルヒーヨ(Trujillo)周辺、およびチクラヨ(Chiclayo)一帯
主な遺跡・施設:
- トルヒーヨ:月のワカ(Huaca de la Luna)、太陽のワカ(Huaca del Sol)
- チクラヨ:シパン遺跡(Huaca Rajada)
- ランバイエケ(Lambayeque):シパン王墓博物館(Museo Tumbas Reales de Sipán)特徴:リアルな土器・レリーフ、ピラミッド型神殿、戦争儀式文化が特徴。シパン遺跡から発掘された黄金の王墓は世界的に有名。
↓ モチェ文明の崩壊後、その文化を引き継ぐ形で下記が成立
➁ シカン文明(Sicán)【750年〜1375年頃】
拠点:フェレニャフェ(Ferreñafe)〜チクラヨ(Chiclayo)周辺
主な遺跡・施設:
- トゥクメ遺跡(Túcume)
- シカン博物館(Museo Nacional Sicán)特徴:特徴:モチェ文明の影響を受けつつ独自の黄金文化と神殿建築技術を発展させた。ピラミッド状の巨大神殿を中心とした都市構造が特徴。
下記チムー文明に共存していたものの、後に滅ぼされる。
➂ チムー文明(Chimú)【約900年〜1470年頃】
拠点:トルヒーヨ(Trujillo)周辺
主な遺跡:
- チャンチャン遺跡(Chan Chan)(世界最大級のアドベ建築都市)特徴:泥レンガによる都市計画、中央集権的な政治体制、水利・灌漑の高度な技術が注目される。シカン文明と同時期に存在。黄金細工や建築技術などに共通点が見られるが、チムーはより大規模な都市計画と強固な中央集権体制を築いた。その文化は最終的にインカに吸収された。
1470年頃、インカ帝国に征服される
実際に旅行してみての所感:トルヒーヨ(Trujillo)編
・宿泊と日程:トルヒーヨ(Trujillo)には2泊しました。1日は「月のワカ(Huaca de la Luna)」、「太陽のワカ(Huaca del Sol)」、「チャンチャン遺跡(Chan Chan)」、「ウアンチャコ(Huanchaco)」を巡る定番ツアーに参加し、もう1日は「エル・ブルホ遺跡(El Brujo)」の日帰りツアーに参加しました。
市内には他にも以下のような見どころがありますが、日程の都合で訪問できませんでした。
ワカ・デル・ドラゴン(Huaca del Dragón)
ワカ・エスメラルダ(Huaca Esmeralda)
国立トルヒーヨ大学考古学博物館(Museo de Arqueología UNT)
時間が足りず、最低3泊は必要だと感じました。
おすすめツアー
「月のワカ、太陽のワカ、チャンチャン、ウアンチャコ」を一日で回るコスパの良いツアーはこちらです:
▶︎ GetYourGuide - Pyramids of the Sun and the Moon, Huanchaco and Chan Chan Tour
※寄り道が多かったり、ワカ・デル・ドラゴンには立ち寄らなかった点は残念でしたが、価格を考えると仕方ない部分もあります。
治安についての注意点
チャンチャン遺跡(Chan Chan)周辺は、ガイドブックでも「治安が悪い地域」とされています。
実際に行ってみると、「治安が悪い」というよりも夜は街灯や人通りがなく、危険な印象です。個人での訪問は避け、必ずガイド付きで行くことをおすすめします。
【解説】太陽のワカ(Huaca del Sol)と月のワカ(Huaca de la Luna)

これらはモチェ文明(Moche, 紀元後100年〜700年頃)の中心都市トルヒーヨに残るピラミッド型神殿遺跡です。
モチェは、写実的な鐙型注口土器や、黄金・トゥンバガ(金・銀・銅・砒素の合金)による副葬品で知られる文明です。
太陽のワカ(Huaca del Sol)
→ 防御施設や行政施設だったと考えられています。基底部は223×138m、高さは23mで、なんと億4千万個のアドベ(日干しレンガ)で構成されています。月のワカ(Huaca de la Luna)
→ 宗教儀礼の場とされ、内部にはモチェ文化独特の壁画が残っています。 実はこの神殿、5層構造になっており、現在は上層の壁画のみ見学可能です。下層は埋もれていますが、同じ模様が繰り返されていたと推定されています。
【解説】チャンチャン遺跡(Chan Chan)

チャンチャン(Chan Chan)は、チムー文明(Chimú, 約900年〜1470年頃)の首都であり、世界最大級のアドベ(泥レンガ)建築遺跡です。
面積:約20km²
構成:14の区画に分かれており、現在見学できるのはツシュディ宮殿(Palacio Tschudi)と呼ばれる区画のみ。
チムー王国は、エクアドル国境付近から700km以上の海岸地帯を支配していた強大な勢力でした。
遺跡の壁面には、鳥や魚をモチーフにした浮き彫りが連続しており、チムーの海洋文化と象徴的デザインを今に伝えています。
エル・ブルホ遺跡(El Brujo)訪問記
ツアー情報:エル・ブルホ遺跡群(Complejo Arqueológico El Brujo)へは、以下のツアーが最安値かつ信頼できる選択肢です
遺跡の概要と見どころ
エル・ブルホ遺跡群(El Brujo)は、モチェ文明(Moche)時代の中心的な宗教遺跡の一つで、さらに古くは約5,000年前(紀元前2500年頃)から人が儀式を行っていたとされる神聖な地でもあります。
その後のワリ文明(Wari)やインカ帝国(Inca)においても重要な聖域として引き継がれてきました。
この遺跡群には、主に以下の3つのワカ(ピラミッド)があります:
① ワカ・カオ・ビエホ(Huaca Cao Viejo)最も保存状態がよく、見学の中心となる遺跡です。
特徴は、多彩な彩色壁画と、**高浮き彫り(ハイレリーフ)**による躍動感ある彫刻。
壁画には、捕虜として連れ去られる兵士、生け贄儀礼、祭司の姿などが描かれています。
中庭部分にも、かつての彩色が一部残されており、当時の儀式の雰囲気を感じ取ることができます。
② ワカ・プリエッタ(Huaca Prieta)この遺跡は、紀元前2500年ごろに築かれた、最も古い層にあたる史跡です。
狩猟採集文化から農耕文化への移行期の証拠が見つかっており、ペルー最古級の遺跡としても知られています。
③ ワカ・パルディーダ(Huaca Partida)
この遺跡では、戦闘や攻撃の様子を描いたレリーフを見ることができます。
壁面に深く刻まれた溝は、スペイン植民地時代や墓泥棒による破壊の痕跡とされています。
カオ博物館(Museo Cao)

エル・ブルホ遺跡のすぐ隣には、カオ博物館(Museo Cao)が併設されています。
ここでは、セニョーラ・デ・カオ(Señora de Cao)として知られるミイラ化された女性統治者の遺体を見ることができます。
彼女は、ワカ・カオ・ビエホの地下墓所から発見された人物で、プレ・コロンビア時代のペルーにおいて確認されている最初の女性支配者と考えられています。
全身に入れ墨が施され、金やトゥンバガで作られた装飾品を身に着けた状態で保存されており、その美しさと保存状態は必見です。
エル・ブルホ遺跡群は、モチェ文明の芸術性・宗教性の高さを体感できる非常に価値ある場所です。チャンチャン遺跡とはまた異なる視点から、古代ペルーの精神文化の深さを知ることができるため、ぜひ足を運んでみてください。
チクラヨ(Chiclayo)観光のポイント
チクラヨ市内自体には大きな観光名所はありませんが、実はこの町は北部ペルー文明の宝庫とも言えるエリアの拠点。
周辺にはモチェ文明(Moche)やシカン文明(Sicán)に関連する遺跡や博物館が点在しており、そこを巡るのが観光の中心になります。
それぞれの場所はチクラヨから車で1時間〜1時間半圏内。
似たような名前も多く、場所と文化が混同しがちなので、事前に整理しておくとスムーズです。

① シパン遺跡(Huaca Rajada / Sipán)【チクラヨ東部】
文化:モチェ文明(Moche)
見どころ:黄金の副葬品で有名なシパン王の墓が発見された場所。
実際に発掘現場のピラミッド構造や墓の再現模型が見られます。
② シパン王墓博物館(Museo Tumbas Reales de Sipán)【ランバイエケ Lambayeque/チクラヨ北西部】
文化:モチェ文明の黄金副葬品
見どころ:シパン王の装飾品、武器、副葬品を完全な状態で展示する博物館。ペルーで最も洗練された博物館のひとつで、金細工の美しさは圧巻です。
③ トゥクメ遺跡(Túcume)【チクラヨ北部】

文化:シカン文明(Sicán)〜チムー文明(Chimú)にかけて
見どころ:26のピラミッドが連なる広大な神殿群。かつての宗教都市の姿を体感できます。
④ シカン博物館(Museo Nacional Sicán)【フェレニャフェ Ferreñafe/チクラヨ北東部】
文化:シカン文明(Sicán)
見どころ:シカン時代の黄金マスク、装飾品、墓の構造の復元展示など。
シパン博物館とは異なる文化の世界観を知ることができます。
・チクラヨには大きく2つの文明が栄えた。一つ目はまずシパン(Sipan)があります。シパンは紀元1世紀~8世紀にかけて繁栄したモチェ文化(モチカともいう)の 遺跡です。この場所はワカ・ラハダ(Huaca Rajada)と呼ばれ、チクラヨから東へ約35キロにある。
・もチェ文化はトルヒーヨにある月のワカ。太陽のワカと一緒。
・1987年、このワカ・ラハダ(Huaca Rajada)で、金銀の装飾品で着飾った人物の墓が発見されました。ペルー北部の片田舎から、“大量の黄金を発見!”というニュースが世界を驚かせたのです。そして、その豪華な装飾品などから、その人物は「シパン王(El Señolr de Sipán) 」と呼ばれ、さらに「南米のツタンカーメン」とも称されました。
チクラヨ周辺の考古スポット解説:黄金文化と航海の痕跡
■ ワカ・ラハダとシパン王の墓(Huaca Rajada – Sipán)
ワカ・ラハダ(Huaca Rajada)では、シパン王の墓を含む16基の墓が発掘されており、その中には異なる時代の墓も含まれています。これらの墓からは黄金の副葬品が数多く発見され、プレ・インカ時代の“黄金文化”の象徴といえる場所です。敷地内には、出土品の一部を展示するワカ・ラハダ・シパン博物館(Museo de Sitio Huaca Rajada – Sipán)があります。
ただし、シパン王の装飾品の大部分は、チクラヨの北西約11kmにある町ランバイエケ(Lambayeque)にあるシパン王墓博物館(Museo Tumbas Reales del Señor de Sipán)に展示されています。展示構成も洗練されており、こちらも絶対に見逃せないスポットです。▶︎ Googleマップ:博物館の場所
■ シカン文明と黄金の大仮面(Sicán)
シカン文明(Sicán)は、8世紀から14世紀にかけて栄えた文化で、日本の時代でいえば平安から鎌倉時代にあたります。
「シカン」とは月の神殿を意味し、農業と宗教儀礼の豊かな結びつきを持っていました。
とりわけ注目すべきは、1991年にロロ神殿の東側から発掘された黄金の大仮面です。この仮面は、**トゥンバガ(tumbaga)**という金を多く含む金銀銅の合金で作られており、頭飾りを含めて全長約1メートルにもなる壮大な造形です。
豊穣の神である「シカン神」は、黄金の仮面、儀式用ナイフ“トゥミ(Tumi)”、陶器などさまざまな形で表現されています。
シカン神の顔には“アーモンドアイ(つり上がった目)”という特徴的なデザインがあります。
なお、**このシカン文明の遺跡は、日本人考古学者・島田泉氏(南イリノイ大学教授)**によって30年以上かけて発掘されました。世界的に知られる日本人研究者による貢献です。
シカン文明は、後にチムー文明(Chimú)によって滅ぼされ、その文化は吸収・変容していきます(→ チムーの中心がチャンチャン遺跡)。
■ トゥクメ遺跡(Túcume)と航海文化の痕跡
**トゥクメ遺跡(Túcume)**は、自然の山(ツルガトーレ)を中心に、26ものワカ(神殿・ピラミッド)が集中する巨大な宗教都市跡です。
中でも有名なのがワカ・ラルガ(Huaca Larga)。
「ラルガ」とはスペイン語で「長い」を意味し、その全長は700mに達します。これは、トルヒーヨの“太陽のワカ”の2倍以上の規模。信じられないほど巨大な構造物です。
この遺跡では、神殿とされる壁面から**“二隻の船に乗った鳥人”を描いた繊細なレリーフ**が発見されました。
この“鳥人”モチーフは、イースター島にも見られる類似の図像とつながりがあるとされ、
探検家トール・ヘイエルダールはこの図像を根拠に「イースター島に最初に上陸したのは南米の先住民」という説に自信を深めたと言われています。
この発見は、プレ・インカ時代にすでに高度な航海文化が存在していたことを示す貴重な証拠です。
■ 選んだツアーと概要
今回参加したのは、
フェレニャフェのシカン博物館
トゥクメ遺跡
ランバイエケのシパン王墓博物館
の3か所を巡るツアーです。下記のツアーから予約しました。
同地域の観光ツアーは主に以下の3パターンに分かれています:
フェレニャフェ(シカン博物館)+トゥクメ遺跡
トゥクメ遺跡+ランバイエケ(シパン王墓博物館)
シパン遺跡(Huaca Rajada)+その付属博物館
その中で私が選んだのは、1と2を組み合わせたような構成のもので、主要スポットを効率的に回ることができました。ツアーの中では最安値の部類だったと思います。
■ ツアーで回って良かった点・気づいたこと
実際に行ってみてわかったこととしては:
ランバイエケ(シパン王墓博物館)は、チクラヨ市内からタクシーで簡単にアクセス可能です。
シパン遺跡(Huaca Rajada)も、乗合バス(コレクティーボ)で20分に1本の頻度で運行しており、アクセスは思ったよりも簡単でした。
そのため、これら2つ(ランバイエケとシパン遺跡)は自力で訪問できる場所です。一方で、フェレニャフェとトゥクメは辺鄙な場所にあり、公共交通機関が不便なので、ツアーで行くのがおすすめです。
結論として、「ツアーでフェレニャフェとトゥクメだけを回り、シパンとランバイエケは自力で」というルートが、費用・時間ともに効率的です。
■ シパン遺跡への行き方(公共交通)
出発地点:
Terminal EPSEL
▶︎ Googleマップ約20分に1回の頻度でシパン行きのミニバスが出ています(実際は乗客が集まり次第出発するスタイル)。
バスはシパン遺跡(Huaca Rajada)と、隣接する博物館の目の前で停車します。
帰りの便は30分に1本程度で、やや待ち時間がありました。
■ ランバイエケへの行き方(公共交通)
私が実際に利用した乗り場はこちら:
▶︎ Googleマップの乗車地点ホテルのスタッフによると、下記からの乗合バスが出ているとのこと・他にも複数の乗り場があるようで、実際に降車したバス停周辺にもチクラヨ方面行きの車両が集まっていました。
帰りは市場前の大通りでで流しのタクシーやバスに乗ることができ、特定の乗車場所にこだわらなくても問題なさそうです。
