中国・集安 高句麗遺跡と北朝鮮国境を巡る旅|鉄道・観光まとめ(2026年7月)
高句麗の遺跡めぐりで使った移動手段と、市内での移動手段まとめ
高句麗の遺跡がある集安へは、事前にデスクトップで調べた限りでは、丹東などからバスで行く方法もあるようでした。
ただ、私は中国の長距離バスにあまりいい印象がないうえ、トイレが近いこともあり、できる限り鉄道で行ける方法を探しました。
そこで見つけたのが、通化から集安まで走っている列車です。
ちなみに、通化〜集安間の路線は、旧満州時代に整備された路線が現在も使われているらしいです。せっかくなら、どんな車窓が見られるのかも楽しみたいと思い、このルートを選びました。
日本から集安までのルート
通化には日本から直接行ける飛行機がないため、まず空路で瀋陽へ向かい、そこから高速鉄道で通化まで移動。その後、通化から集安へ向かうルートにしました。
通化から集安までの列車は1日1本しかありません。そのため、今回は通化で1泊する日程にしました。
通化〜集安の列車時刻
往路:通化 → 集安(4347次)
通化 9:20発
集安 12:13着
所要時間:約2時間53分
復路:集安 → 通化(4348次)
集安 12:58発
通化 15:49着
所要時間:約2時間51分
本数が1日1本しかないため、鉄道で行く場合はこの時間を前提に旅程を組む必要があります。特に往路が朝9:20発なので、私は前日に通化まで移動して1泊し、翌朝の列車で集安へ向かいました。
なお、今回使った日本〜瀋陽の航空券、瀋陽〜通化の鉄道、通化〜集安の往復列車、ホテルは、すべてTrip.comで予約できました。 中国の鉄道も日本から普通に予約できるので、旅程をまとめて管理できてかなり便利でした。
ちなみに、瀋陽から通化までは高速鉄道が比較的頻繁に出ているので、この区間の移動はそれほど心配する必要はありません。実際、時間の選択肢も多く、下記の旅程に合わせて問題なく移動できました。
旅程は以下の通りです。
1日目: 日本から空路で瀋陽へ。その後、高速鉄道で通化まで移動
2日目: 朝9時ごろ通化を出発し、集安へ。午後は集安市内を観光
3日目: 終日、集安観光
4日目: 午前中まで集安を観光し、午後に瀋陽方面へ移動
5日目: 日本へ帰国
なお、通化から集安までは公共バスでも普通に行けることを現地で確認しました。ただし、どのようなバスなのかまでは確認できていません。また、最終便も17時ごろだったので、日本を出発してその日のうちに集安までたどり着くのは、かなり難しいのではないかと思います。
ちなみに、通化でホテルまでタクシーに乗った際、運転手から「集安まで乗せていってあげるよ」と営業をかけられました。そのため、交渉次第ではタクシーで通化から集安まで移動することもできそうです。
通化から集安までの列車

通化から集安までの列車は、思っていた以上に快適でした。
トイレはいわゆる昔ながらの和式タイプですが、きれいに保たれていて、水もきちんと流れます。車内もかなり空いていたので、隣の席まで使って横になって寝ていたら、あっという間に約3時間が過ぎていました。
鉄道旅が苦にならない人であれば、かなりおすすめできる移動手段です。
通化・集安市内の移動
通化でも集安でもDiDiが使えるので、市内での移動にはほとんど困りませんでした。
そのため、ホテルについても交通の便をそこまで気にする必要はなく、基本的には好きな場所に泊まって問題ないと思います。
高句麗遺跡めぐり 古代高句麗の都・集安に残る世界遺産を巡る
実際に回ってみると、主要な見どころは結局、以下の3か所に集約されると思います。
丸都山城(丸都山城遺址)
好太王碑
将軍塚(長寿王陵)
この3か所を押さえておけば、集安の高句麗遺跡めぐりとしてはかなり満足できると思います。

丸都山城は、山の地形を利用して築かれた高句麗の山城です。現在も城壁や建物の跡などが残っており、山の中を歩きながら当時の城の規模を感じられるのが面白いところでした。
また、丸都山城周辺には古墳群もあり、博物館のように整備されたエリアには30基以上の墳墓が連なっています。大小さまざまな石造りの墳墓が一帯に並んでいる光景はかなり壮観で、「高句麗の都に来た」という実感を強く感じられる場所でした。

好太王碑は、高句麗の第19代王・好太王の功績などを記した巨大な石碑です。高さは約6.4メートルあり、四面に漢字が刻まれています。
日本人にとって特に興味深いのは、この碑文の中に倭に関する記述があり、高句麗と倭が戦ったことをうかがわせる内容が残されていることです。
日本では4世紀ごろの史料が非常に少なく、この時代はしばしば「空白の4世紀」と呼ばれます。そのため、同時代の朝鮮半島側に残された好太王碑は、当時の日本列島と高句麗・百済・新羅との関係を考えるうえでも非常に重要な史料です。
日本史が好きな人にとっては、単に高句麗の王を記念した石碑というだけではなく、日本の古代史にも直接つながってくる遺跡という意味で、かなり興味深い場所だと思います。
そして個人的に一番「高句麗の遺跡を見に来た」という感じがしたのが、将軍塚です。「東方のピラミッド」とも呼ばれる巨大な石造墳墓で、大きな花崗岩を積み上げて造られています。写真で見るよりも実物の方がかなり迫力がありました。
ただ、集安はこの3か所だけを見て終わりという街でもありません。街そのものが高句麗の歴史を色濃く残していて、市街地にも国内城の城壁跡など、小さな史跡が至るところに残っています。
そのため、時間があれば街を歩いたりDiDiで適当に移動したりしながら、名前も分からない遺構を見つけるのも面白いです。
一方で、時間が限られているのであれば、正直この3か所だけなら半日程度でも回れます。高句麗遺跡を見ることだけが目的なら、集安は1泊でも十分だと思います。
北朝鮮国境観光 川幅わずか100メートルほど。対岸の北朝鮮を間近に見る
そして、今回もう一つの目的だったのが、北朝鮮を見る国境観光です。
集安は鴨緑江を挟んで北朝鮮と向かい合う国境の街で、船に乗って北朝鮮側をかなり近くから見ることができます。
遊覧船の乗り場は、集安市中心部の濱江広場(滨江广场)にある鴨緑江遊船碼頭です。観光スポットの大ギター音楽テーマ広場(大吉他音乐主题广场)のすぐ近くなので、市内中心部からも行きやすい場所にあります。
私が現地で確認したものでは、
フェリー:90元
高速ボート:120元
受付で「一番北朝鮮を近くで見られるツアーはどれ?」と聞いたところ、120元の高速ボートを勧められました。
というより、何を聞いても120元のツアーを勧めてくるので、運営側としては参加者をできるだけこのコースにまとめたいのだと思います。他のコースを選ぶ場合は、多少交渉が必要そうでした。
出発時間も厳密に決まっているわけではなく、ある程度人数が集まったところで出発するというスタイルでした。
鴨緑江国門景区は外国人入場不可
北朝鮮国境観光でもう一つ有名なのが、鴨緑江国門景区(鸭绿江国门景区)です。
集安と北朝鮮・満浦を結ぶ鉄道橋と道路橋がある国境の観光地で、中国側から北朝鮮をかなり近くで見ることができます。鉄道と道路、両方の国境ゲートがある珍しい場所で、集安の代表的な観光スポットの一つです。
ただし、ここは外国籍の観光客は入場できません。
旅行前にネットで調べた際にも「外国人は入れない」という情報を見かけていたのですが、実際に現地まで行って確認してみると、やはり外国籍は一律で入場不可とのことでした。
チケット売り場でパスポートを見せましたが、外国人にはチケット自体を販売できないとのことで、購入することができませんでした。
中国人観光客は普通に入場していたので、休業や一時的な閉鎖というわけではなく、外国籍を対象とした入場制限のようです。
ただ、たまたま乗ったタクシーの運転手が、「ほかにも無料で北朝鮮をかなり近くから見られる場所がある」と言って、羊漁石第一漂度假村の周辺まで連れていってくれました。
羊漁石第一漂度假村は、集安市街から東側へ進んだ鴨緑江沿いにある観光スポットです。この一帯は川を挟んですぐ対岸が北朝鮮で、北朝鮮側の山や集落をかなり近い距離から見ることができます。
私が連れていってもらったのは、観光施設の中というよりも、その周辺の普通の道路や民家があるエリアでした。
この辺りでは鴨緑江の川幅がかなり狭くなっており、タクシーの運転手によると、場所によっては対岸まで100メートルほどしかないとのこと。
実際に見ると、北朝鮮側の民家や畑などが肉眼ではっきりと確認でき、「この川の向こうがもう北朝鮮なのか」と驚くほどの近さでした。
観光船から北朝鮮を見るのも面白かったですが、個人的には、観光地として整備された場所ではなく、普通の生活圏のすぐ向こう側に北朝鮮があるという光景の方が強く印象に残りました。
