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親を毒親と認定した日。ずっと毒親と認めたくなかった。

親を毒親だったと思っていますか?

私は長いあいだ、毒親という言葉が嫌いでした。

うちの親はそこまで悪くない。
世間と比べて、虐待もない。
そこまでひどくなかった。

長い間そう思っていました。

そして、ずっと無意識にさけていた、
毒親という言葉。

それは、親は自分を愛してくれているって
親は悪くないって思いたかったから。

親を擁護したかったんです。
なぜなら、親を否定することは、
これまでの自分を否定することも
つながっていくから。


今回は、アダルトチルドレンの私が
母親を毒親と認めた日、諦めた時のことについて
書いていきます。


毒親だったと認めること、
親を突き放すことは、
とてもきついことでもあります。

親をあきらめるということ。
だけど、これを超えないと、
次へ進めないんだなと自分の経験からも思います。


親は悪くないっておもっている時、
毒親であることを否定している時。
認められない時。
親との問題で苦しい時。

その葛藤、苦しさは、

わたしが思うに、
それは、感情レベル、
さらに言うなら本能レベルで、
自分から親の方へ境界線を踏み越えている状態。

それは、究極的には、
親と一体となりたいっていういわば人間の本能。

乳幼児期における、愛着形成、
母子分離ができていない状態。

内なる幼い自分が、
安心を求める本能なのだと思います。

だから、ずっと期待して、
毒親であることを認めたくない。

認めてしまうと、望んでいる安心感を
永遠に得られないことにもつながるから。



そして、毒親と認定することは、
愛されていない自分を認めることだと感じて。
怖かった。

それは、これまでの自分の人生の前提が
崩れ落ちるような怖れ。

そう無意識で感じているから、
親を毒親と認定するのがこわかった。
そして、罪悪感すらわいた。

今振り返ると、そう思います。



けれども。

毒親だと認めた人はわかると思います。

毒親と認めてから、どれだけラクになるか。

私は、「毒親」という言葉に
ずっと抵抗がありました。

言葉としては知っていたけれど。

うちはそこまでひどくない。
親も愛してくれている部分もある。
もう大人なんだから
いつまで私は執着しているんだろう。
親はくさっても親だし。もう親も年だし。

そんな親を擁護する気持ちがあった。
生きづらいのは自分が悪いのだと、
自分を責めるほうにいっていたんですよね。


苦しさ、葛藤って、
憎み切れず、突き放しきれず、
愛を求めてしまうから。

長い心の膠着状態がありました。


そして、私が毒親だったと、初めて言葉にした時。

それは、
もう誰のためにもがんばらない
自分を大切にしようって、
自分と対話していた時でした。

そして苦しさを見つめ。

出てくるのは、やっぱり幼少期のこと、親のこと。結局は、この根源に突き当たって。

この時、
親は毒親じゃないって抵抗する気持ちも強くて。
それでも、毒親だった、と
試しに認めてみようって、言葉に出した。

罪悪感も抱えながら。

その時の心のうちを再現するならば。

「おかあさん、ごめんなさい!おかあさんは毒親だった!ごめんなさい!毒親だった!」

そんな感じ。笑

そして
毒親だった、という言葉を出した瞬間から。
息がしやすくなった。

身構えていたもの、肩に入った力がすっと抜けていったんです。

いま振り返ると、その場面を想像して笑ってしまいますが、その時は必死。真剣でした。

それほど、毒親認定ってハードルが高かったんです。


父はわかりやすく毒を家庭内にばらまいたので、毒親だったと認めることはスムーズでした。

問題は母。

母は目に見えて何かをしたわけではない。
愛してくれていたのもわかる。

兄弟が多かったから、
下の子に手がかかりっきりになってしまったこともわかる。

父に耐えながら、母が子育てをして
大変だったのもわかる。

大人になってから思えば、
やむを得ない状況だったとわかる。

仕方なかった、とわかる。
それがまた長い間私を苦しくしていました。

けれども、母を毒親と認めてから。諦めてから。

そこで本当の意味で
親との境界線が引けたような気がします。

母をずっと擁護していた。
自分を我慢して。

母に愛されている 
十分してもらったと思いたかった。

母によしよししてもらって、
ぎゅっとしてもらって、
うんと甘えたかった。


長女だから、おねえちゃんだから、
って我慢したくなかった。

毒親だった、でも愛してくれた。
もっと愛されたかった。私も愛していた。

そんなぎゅっと握りしめていた、
抑えていた本音がどっとあふれだして。

小さい時から頑張っていたんだな私、と。

そんな自分を大事にしよう。
自分で自分をぎゅっとして甘やかしてあげよう。
そう心から思えた。
もう頑張るのを本当にやめよう。もうやめたって。


大きな気づきでした。

毒親と認めることは、親をあきらめるようでいて、
自分の親を求める気持ちを客観視すること。

親を悪者にすることではなくて、
自分の思いに区切りをつけることです。

自分の思いに対して、ある種の降参をすること。

この出来事は、私にとって、
親と自分を切り離し、
本当の意味で、自分で自分を受けいれ許していく過程の始まりでした。


歩みはひとそれぞれでいい。
わたしは認めるまでに長い年月がかかりました。

苦しさをどう見つめ、
どう変えていくかは人それぞれ。
これは私の話、私の答え。

そして、あなたには、
あなた自身の答えがあります。


その答えは、誰かが教えてくれるものではなく、
きっと、あなたの心の奥で
静かに待っているのだと思います。

今回の話は、
毒親だったと、認めることに抵抗がある人に、
ぜひ知ってほしいなと思って書きました。

私も、認めることにずっと抵抗があったから。

毒親と認めることは、
自分の気持ちと対峙すること。

そして、向き合った先に、
新しい世界が待っています。




本当の気持ちがわからない。

変わりたいのに変われない。

そんなときは、何かを足すよりも、
自分の感情に耳を澄ませることが必要なのかもしれません。

自分の気持ちや本音と向き合いたい時に。
本音がわからなくなってしまったわたしが、
感情を取り戻すためにやった、
実践ワークをまとめています。

わたしは、ワークを続けることで、
生きづらさがラクになってきたんです。

自分の気持ちを見つめていくことで、
人は変わります。


自分の気持ちと向き合いたい時に。


ヤンさんは、こんな人



変わりたい、苦しいのをやめたい。
その想いは、自分の本質。
可能性であり未来を創る力。

このnoteでは、
頑張りすぎてしまう人、
生きづらさを抱える40代50代が、
自分らしく生きていくためのヒントを書いています。

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