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宇須神社×井原神社合併「宇須井原神社」神武天皇と徳川家の歴史【和歌山シリーズ#和歌山市周辺シリーズ#和歌山紀北シリーズ#熊野九十九王子社】

昔はこの辺りまで海岸だったよう。宇須神社×井原神社=宇須井原神社(うずいはらじんじゃ)となる。神武天皇と徳川家の歴史が脈々と続く古社。

「ここ、昔は海だったらしい」。住宅街の中にふっと現れた「宇須井原神社(うずいはらじんじゃ)」。神武天皇の東征に登場する「水先案内人」の神様と、徳川吉宗ゆかりの疱瘡除けの神様が祀られている神社。もともとは「宇須神社」と「井原神社」、別々の神社だったのが、明治に合併して今の名前に。立派な歴史があるのに、地元の人に静かに守られている感じがとてもよくて、境内に入った瞬間、ちょっと時間が止まった気がしました。

変更履歴

2025/08/16:初版


▼HP▼アクセス

和歌山県和歌山市宇須2丁目1−17

▼祭神・本尊と脇時

※後述「▼見どころ」参照

▼見どころ

→由緒・見どころ

  • 元々は「井原神社」があり、「宇須神社」との合併して「宇須井原神社」と改称

  • 合併前の「宇須神社」は創立不詳だが、宇須彦神を鎮座していた

    • 宇須彦神は神武天皇御東征のみぎり水先案内をした故事がある

  • 1013年、熊野三所権現を勧請し、朝庭宝祚擁護の霊神とした

  • 1597年、火災で焼失したが再建

  • 宇須権現と称したが、明治維新後、権現の称を廃して宇須神社

  • 1648年、福井の井原郷の人が宇須西の坪に井原神社を創建

  • 1873年、井原神社と称す

  • 古来より疱瘡の神として信仰が厚く、徳川吉宗の生母の父・井原正寅が建立

  • 徳川家の安泰を祈ったともあり、吉宗が疱瘡にかかった時、平癒祈願がおこなわれたとも

→鳥居/参道

→割拝殿

 産道に御白石が良い。

→拝殿・本殿

「宇須神社」から主祭神は宇須彦神で、イザナミ💛イザナミと事解男神を勧請し、「井原神社」の主祭神は、アマテラスとトヨウケとなっている。

宇須彦神
 神武東征の際に「速水門(はやすいのと)」で現れた国津神で、東征軍の先導役を担った神。

 本殿は見にくいですがありますね。割拝殿とお堂のような拝殿の構成なのが面白いかな。

宇須神社
 創立年間は不詳。記紀の神武東征紀に、速吸之水門に至った時に一魚人が乗船して来た。 天皇之を招き名を聞くに、臣は是国神なり、名を珍彦と云い曲浦に釣魚す。 今天神の子来り給うを聞き奉迎すと。そこで名を権根津彦と賜う、これ即ち始祖である。
熊野勧請神
 六十七代三条院の勅願により、長和二辛亥年熊野三所権現を此地へ勧請した。
井原神社 
 慶安年間(西暦一六四八年)三代将軍徳川家光時代に若州井原郷の人此地に来りて再建、故に井原明神と称した。 明治六年四月村社に列し井原神社。古来より疱瘡の神。

明治四一年合併。

→摂社末社「火伏社/金刀比羅社・天満社/稲荷神社」

「火伏社」がある。火と言えば「火之迦具土神(カグツチ)」である。

 「金刀比羅社・天満社」の祭神は菅原道真、舟玉神、大物主神、大国主神、金山比古神、スサノオ、サルタヒコ、応神天皇と合祀した歴史を感じる祭神たち。 

 朱色の鳥居が続くと言えば「稲荷社」で祭神はウカノミタマです。 

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

熊野世界遺産20周年和歌山と大阪堺★和歌山⑭大阪ミナミ⑯★|やんまあ@旅行記

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