下鴨神社&上賀茂神社の葵祭の始まり「御蔭神社」神が生まれる瞬間を追う【京都左京シリーズ/京都東山シリーズ】
葵祭(5月15日)に先立ち、神霊を山から下鴨神社へお迎えする神事が行われる。神社が立つ地は、太陽が直射する場所であることから「御蔭山」とも呼ばれ、賀茂の神々の荒魂が新しく生まれる聖域とされています。
平安時代の『源氏物語』の藤裏葉にも御蔭神社を示す「みあれ詣で給ふとて」とある。
変更履歴
2026/04/28:初版
▼HP▼アクセス
〒606-0067 京都府京都市左京区上高野東山207
御祭神
下鴨神社の主祭神の荒魂
玉依姫命の荒魂
賀茂建角身命の荒魂

▼見どころ
→由緒/歴史
紀元前580年頃(所伝): 綏靖天皇の御代、現在の御蔭祭のルーツとなる「御生(みあれ)神事」が始まったと伝えられる。
677年:山背国司が造営した賀茂神宮はこの地であったともいう。(社伝)
750年頃: 下鴨神社(下社)が分立。独自の降臨伝承に基づき、湧水の磐座があったこの地を神事の舞台として重視し始める。
818年:「西 神聖影山」の記述がみられる。(『山家要記』・「延暦寺文書」)
844年:太政官官符により賀茂御祖神社領東限は「寺田」(比叡山西麓と御蔭山北東麓の境)と定められる。
1161年: 下鴨神社の禰宜による記録『神殿舎屋之事』に「御蔭社」の名が登場。平安時代には既に確立された存在であったことがわかる。
1332年:御蔭祭について「御蔭山御行」の記述がある。(『下鴨社家古文書』)
1460年:御蔭山神事が中絶する。(『御祖神社御事歴以下明細調記』)
1507年: 室町時代の混乱期、原始的な磐座での「御生神事」が一時断絶する。
1622年:本宮式年遷宮の際に造替され、現在の社殿になる。
1693年: 下鴨神社の式年遷宮に伴い、社殿が再興(造替)される。
1694年: 断絶していた「御生神事」の行粧(行列)が復活する。
1758年: 台風による高野川の氾濫が発生。土石流により社地が埋没し、瑞垣や社殿の一部が流失する被害を受ける。
1830年: 文政の大地震により比叡山西峰が崩落。社殿が流失し、御生川(みあれがわ)などが土砂で埋まる甚大な被害が出る。
1834年: 災害を避け、旧社地から東へ約30m離れた高台(現在の地)に遷座。棟札が納められる。
1835年: 京都所司代・松平信順により、現在の社殿が完成。27回目の式年遷宮に合わせて造替された。
1884年: 明治政府の祭祀制度改革に伴い、それまでの「御生神事」の名称を「御蔭祭」に改める。
1997年: 境内周辺が京都市の「歴史的風土保全地区」に指定される。
2005年: 33回目の式年遷宮に伴い、本殿の解体修理が行われる。
2023年: 延期されていた第34回式年遷宮の「斎了奉告祭」が執り行われる。
→2026年:鳥居から境内へ

さて!やっと来たなと思ったら工事している・・。土砂崩れ??

迂回してくださいとのこと・・・。やっと来れたと思ったら・・・。


グーグルマップが示すルートで行くように書かれており、別の機会に行くか妻と話す。

その時に年配の夫婦が「参拝です?」と声をかけてくれた。前述の鳥居も新しく、御蔭祭で通るところに橋を架けるようだ。下の写真の右側から行けると教えていただいた。
帰りに看板を再度読んだところ「迂回ルートをオススメする」とあった。ちゃんと読むべきですね。

いずれ下の写真の真ん中に橋が架かるようだ。さて、雨の日は下の写真の場所は水が流れると思うので晴れの日に行くことをオススメする。

対岸からの風景です。ここで年配の方が表参道と裏参道のどちらから行くか?聞かれたので私たちは表参道から行きたいので別れた。次は橋が出来てから来ようと思う。



電車などで来た方は、上の写真の左上から来ることになります。「瑠璃光院」経由ですね。
【御蔭神社 臨時授与所開設】
— 下鴨神社 (@kamomioyajinja) November 21, 2025
11月22,23,24.29,30日
10:00〜15:00
御蔭神社で授与品を授与します。
・彦守 1,000円
・媛守(ピンク) 1,000円
・レース御守 2,000円
・烏羽守 1,500円
・四季守(色違い紅葉)4色 1,500円
動画は御蔭祭の様子 pic.twitter.com/ViYOQg7jmk
→二の鳥居から拝殿・本殿












→参集所
下鴨神社は近年、昔にあった建物などを再建し続けている。ここもその一つであろう。2026年に下鴨さんへ初詣(私のNOTE)したところ、御蔭神社での祈祷の紹介などがあったので、人が多く来る前に来たわけだが、道案内をしてくれた方は、昔は参集所もなかったようですね。元伊勢籠神社(私のNOTE)も眞名井神社を整備したし、奥宮整備事業が流行っている気がするな。。


奈良・興福寺(私のNOTE)などと同じく原点回避をしていることは個人的には良いことだなと思っている。
→拝殿・本殿
本殿には下鴨神社と同じく、東殿に玉依姫命、西殿に賀茂建角身命の荒魂を祀る。



まだ社は建つようですね。御白石があるので。さてさて、上賀茂神社の主祭神も来る?もしくは秦氏が来る??








→帰り
帰りは裏参道(駐車場から近道)で戻った。道案内をしてくれた方のコースですね。




なんか久しぶりにウ〇コを見た・・熊か?犬か?鹿?もしかして・・ヒト・・・???

戻りました。裏参道の方が早いですね。

▼御蔭祭とは(5月12日)
葵祭(5月15日)に先立ち、神霊を山から下鴨神社へお迎えする神事です。神霊を遷した御供を乗せた神馬が山を下る様子は、古式ゆかしい伝統を今に伝えています。
毎年5月15日に行われる賀茂祭(葵祭)は今から約1500年前の(540~572)年、凶作に見舞われ飢餓疫病が蔓延した時に、欽明天皇が勅使を遣わされ、「賀茂の神」の祭礼を行ったのが起源とされています。下鴨、上賀茂両神社の例祭であり、天皇の御使いである勅使がご奉仕になる「勅祭」です。古代には「祭」といえばこの賀茂祭(葵祭)を指す程、貴族社会に根差しておりました。現在でも、「祇園祭」「時代祭」と並んで「京都三大祭」の一つに数えられています。
賀茂祭は国家安泰を祈願するお祭りであり、このお祈りのため、5月の下鴨神社では多くの神事が行われます。
下鴨神社を出発した行列は高野川沿いに国道367号を通って当社に到着。
牛の刻、社前において御神霊を神馬に移御した後、総社(赤の宮神社)における「路次祭」を経て下鴨神社に戻ります。巡行ルートは近年は交通事情もあって自動車での行列となっていますが、1992年からはコースの一部を徒歩と馬で巡行しているようです。
そして巡行の後は下鴨神社境内の糺の森にて「切芝神事(切芝の儀)」が行われて荒魂を歓迎し、その後、舞人が「東游(あずまあそび)」を奉納する場面が本祭における最大の見どころとなります。
御蔭祭の模様です。
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
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