見出し画像

スサノオ💛稲田姫「那古野神社」名古屋って那古野なんだ【愛知シリーズ/名古屋シリーズ/名古屋城周辺】

家康が秀吉並に整備しようとしたが、神様よりNGの神託があり、今も昔も名古屋城(那古野城)南側に鎮座し続ける古社。元々は津島神社(私のNOTE)繫がりの牛頭天王の社のようだ!

変更履歴

2025/10/04:初版


▼HP▼アクセス

※後述「▼見どころ」参照

▼祭神・本尊と脇時

  • スサノオ

  • 奇稲田姫神(イナダヒメ)

  • 八柱神

  • 兵主神

兵主神については兵主神社を参照ください。

▼見どころ

  • 911年、醍醐天皇の勅命で八王子社や若宮八幡社の隣に建立された

  • 津島牛頭天王社(現在の津島神社。私のNOTE)を総本社とする天王社のひとつ

  • 元々の祭神は牛頭天王だった

  • 1532年、織田信秀が今川氏豊から那古野城を奪う際に合戦となり、それに巻き込まれて社殿を焼失

  • 1540年、信秀により再建

  • 後には別当寺である亀尾山安養寺(天王坊)も隣に建立された

  • 1595年、豊臣秀吉により社領348石が寄進される

  • 1610年、徳川家康によって那古野城の地に名古屋城が築城される際、家康が神意を伺ったところ、遷座不可と出た

  • そのため、二之丸大手二之門の正面となる三之丸の地に鎮座する形になり、名古屋城の総鎮守、名古屋の氏神として祀られた

  • 境内には別当寺として真言宗の亀尾山安養寺(天王坊)もあったので、「亀尾天王社」と呼ばれるようになった

  • また「三之丸天王社」とも称された

  • 1619年、隣に東照宮(現・名古屋東照宮)が建立される

  • 1620年、尾張藩主徳川義直が改めて348石の社領を認め、社殿を修造

  • 1629年、義直によって摂社・兵主社が建立

  • 明治の神仏分離で、祭神を牛頭天王からスサノオになり、「須佐之男神社」と改称した

  • 1871年、社領を没収される

  • 1876年、名古屋鎮台が城内に置かれることとなり、東照宮と共に旧藩校の明倫堂跡地である現在地に移転

  • 摂社・兵主社は本殿に合祀

  • 1899年、「須佐之男神社」から「那古野神社」へと改称

  • 1945年、名古屋大空襲で本殿が焼失

  • 1959年、再建

面白い記事がったので紹介します。(https://note.dai-nagoya.jp/2020/08/19/machiaruki16/

→参道

→拝殿・本殿

→摂社・末社

  • 福寿稲荷社

  • 金山神社

  • 日進社

  • 月進社

  • 白山社

  • 弥五郎社

  • 青麻社

→例大祭

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記▼セットで行くところ

◆愛知⑦◆豊川と岡崎の神社仏閣と名古屋港水族館【愛知シリーズ/三河シリーズ/名古屋シリーズ】|やんまあ@旅行記

未来の旅行記は次に記載されていきます。

愛知の神社仏閣は次のマガジンに追加していきます。

▼仏像展



#徳川家康
#豊臣秀吉
#名古屋城
#那古野城
#スサノオ
#イナダヒメ
#八柱神
#兵主神
#織田信秀
#安養寺
#天王坊
#亀尾天王社
#三之丸天王社
#須佐之男神社
#那古野神社
#一度は行きたいあの場所
#神社仏閣
#神社
#神社巡り
#やんまあ
#やんまあ旅行記
#旅行記
#やんまあ神社仏閣
#人文学
#愛知
#愛知シリーズ
#スサノオ
#旅行・おでかけ

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集