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335年ぶり御開帳!紫式部が恋した「十一面観音立像」京都・岩倉『大雲寺』へ

京都・岩倉の大雲寺にて、江戸時代元禄期以来、実に335年ぶりとなる本尊・十一面観音立像の特別御開帳が2026年4月17日まで行われています。

本像は奈良時代の行基作と伝わり、かつては仙洞御所に安置されるなど天皇とも深い縁を持つ「長谷寺式十一面観音立像」の古像です。幾多の戦火を奇跡的に免れたものの、1560年の勅封以来、長く秘仏として厳重に守られてきました。台座が磐座状である点は、岩倉の巨石信仰と仏教が融合した日本独自の信仰形態を色濃く残しています。また、紫式部の曾祖父が初代住職を務め、『源氏物語』のモデルとも目される歴史的背景も見逃せません。生涯に一度出会えるかどうかのこの貴重な機会は、地域の祈りの歴史を今に伝える、まさに奇跡の再会といえます。

寺の詳細は次のNOTEを参照ですが、2026年年末のどこかで公開します。取り急ぎ2026年4月17日までの秘仏公開の感想NOTEを出します。

変更履歴

  • 2026/02/15:初版


▼参拝・拝観情報

→所在地・アクセス

  • 所在地:京都府京都市左京区岩倉上蔵町(岩倉エリア北部)

  • アクセス

    • 叡山電鉄「岩倉駅」から徒歩圏内

    • 京都市内中心部からは地下鉄烏丸線→叡山電鉄乗換が一般的

    • 市バス利用の場合は岩倉方面行きで最寄停留所下車後、徒歩移動

 6台ぐらいの駐車場はありますが石座神社のものかは不明。私たちは1時間250円で終日500円のコインパーキングに停めました。

1|335年ぶり御開帳 ― 岩倉で起きた特別な機会

  • 令和7年10/17日~令和8年4/17日

  • 335年の沈黙を破って(公式HP:特別企画「335年ぶりの御開帳」

    • 1546年:10月28日細川国慶により大雲寺焼き討ちに遭う

    • 1551年:三好長慶軍2万が岩倉一帯に攻め入る。本尊・宝冠部を損焼するー鞍馬寺へ一時避難する

    • 1560年:天皇の勅により、本尊十一面観音を禁封して、明学房永源が勅封を貼る

    • 1573年:信長の命で明智光秀による焼き討ちに遭う本尊は奇跡的に難を逃れる。

    • 1560年:以来、秘仏として勅封がなされて以来130年後の元禄3年(1690年)3月27日~7月27日までの四ヶ月間だけ秘仏の御開帳がなされた。日本全国からの参詣人が訪れ、114軒の茶屋(宿舎)が立ち並んだと記録にある。

    • 2020年:御開帳予定だったがコロナで延期(拝観の説明より)

1-1|今回御開帳の概要

335年ぶりとなる大雲寺本尊・十一面観音立像の御開帳は、長い歴史の中でも極めて特別な機会です。秘仏として厳重に守られてきた本尊が、限られた期間のみ一般参拝者の前に姿を現します。通常は直接拝することができない仏像を間近に拝観できることから、地域の人々だけでなく仏像・歴史に関心を持つ参拝者にとっても大きな意味を持つ行事となっています。今回の御開帳は、信仰の継承と地域文化を再確認する節目ともいえる出来事です。

1-2|なぜ大きな話題なのか

江戸時代以来、一度も一般に公開されてこなかった可能性があり、現代に生きる人々にとっては「生涯に一度出会えるかどうか」という希少性を持っています。また、京都・岩倉という歴史文化の厚い地域に伝わる秘仏が公開されることで、地域史・仏教美術の両面から注目を集めています。さらに、地域の信仰を長年守り続けてきた人々の思いが形となって現れる機会でもあり、単なる行事を超えた文化的価値を持つ点も関心を集める理由となっています。

1-3|前回御開帳はいつだったのか

前回の御開帳は、現在から遡って約335年前、江戸時代前期にあたる17世紀後半と伝えられています。正確な年次は史料によって解釈が分かる可能性がありますが、少なくとも近世以降、一般公開される機会は極めて限られていたと考えられています。長期間にわたり秘仏として守られてきた背景には、信仰対象としての尊厳を保つ意味や、地域で大切に受け継がれてきた祈りの歴史があります。今回の御開帳は、そうした長い信仰の積み重ねの先に実現した、極めて貴重な機会といえます。


2|大雲寺の本尊「十一面観音立像」

2-1|紫式部が恋した仏像

大雲寺には、以下の伝承があります。

  • 紫式部が姉を伴ってたびたび参拝したという説

  • 『源氏物語』「若紫」に登場する「北山の寺」のモデル候補

  • 紫式部の曽祖父・真覚上人が初代住職を務めた

 観音霊場として繁栄し、往時には四十九の堂塔伽藍が建ち並び、紫式部の『源氏物語』や『太平記』にも描かれたのは確かなようです。

2-2|見仏(私の記録)

大雲寺の本尊である十一面観音立像は、奈良時代の作と伝わり、僧・行基の作とする伝承をもつ古像です。十一面観音は本来、頭部に十一の顔を持ち、あらゆる方向から人々の苦しみを見つめ救う存在とされ、日本でも古くから篤い信仰を集めてきました。大雲寺の像も古くから地域の祈りの中心として大切に守られてきました。

残念ながら現在、大雲寺の像では頭上の十一面が失われています。しかし像の全体像は、奈良・聖林寺や滋賀・百済寺の十一面観音と同系統とされる錨型の体躯を持ち、表情は厳しさを湛えた、いわば「ダンディ」とも形容される力強い作風が特徴です。

右手に錫杖、左手に水瓶を持つ「長谷寺式十一面観音」で磐の上に立つ。台座の形状が蓮華座上ではなく、方形で、地中から出現したという金剛宝盤石を表している。「宝座蓋」と呼ばれ、台座は宝盤を木で作った磐で覆う。

  • 長谷寺の観音像の御衣木第二之段により、行基が第45代・聖武天皇を映し「一刀三礼」の作法で造像したという。

  • かつて内裏に安置されていた

  • 794年:第50代・桓武天皇の平安遷都に際し、洞中に安置され、第49代・光仁天皇が仙洞御所に遷した

  • その後、真覚の祖父・藤原時平が拝領し、藤原敦忠、その室・藤原明子(染殿后)が勅により仙洞御所とともに大雲寺に移設し安置したとする

  • 大雲寺では観音院に安置され、最盛期には49の堂塔伽藍と1000人にも及ぶ僧を擁した洛北屈指の名刹と称されたとか

  • 1546年:細川玄蕃・山本修理の合戦時に焼討により仏面を損壊された

  • 1560年:仮厨子に納められ、天皇命により勅封(秘仏)となる

  • 1690年:131年ぶりに御開帳

  •  大光普照(だいこうふしょう)観音とも呼ばれ、慈悲の光で照らし、人々を救済する。精神疾患に霊験があるとされている。

  •  宮殿(厨子)は、東福門院(1607-1678)の寄進による。

実際の見仏は保存状態を保つべく暗めであるので衣文の素晴らしさは分かりかねたが、写真だと奇麗ですね。

また、この像は石山寺の本尊と同様に天皇との縁を伝える仏像とされ、信仰史の面でも注目されます。さらに台座が磐座状である点も興味深く、古代的な自然崇拝と仏教信仰が重なり合う、日本的信仰の姿を感じさせる存在となっています。

2-3|造立の背景

大雲寺の十一面観音立像は、奈良時代に造立されたと伝えられ、僧・行基が関わったとする伝承が残ります。奈良時代は国家仏教のもとで各地に寺院や仏像が造られた時代であり、疫病退散や国家安泰、人々の救済を願う祈りが背景にありました。岩倉の地も古くから信仰の場として認識されていたと考えられ、地域の守護や人々の安寧を願って観音像が安置された可能性があります。

また、本像が天皇ゆかりの仏像と伝わる点も特徴です。石山寺の本尊などと同様、国家的な祈願や貴族社会との関係の中で信仰されてきた可能性があり、単なる地方寺院の本尊を超えた意味を持っていたとも考えられます。さらに台座が磐座状である点は、古来の自然信仰と仏教が重なり合った、日本的信仰形成の過程を示す要素としても興味深い特徴です。


3|岩倉・大雲寺の歴史&周辺の神社仏閣

大雲寺は京都市左京区岩倉に所在する古刹で、奈良時代に創建されたと伝えられています。本尊の十一面観音立像は行基作とする伝承を持ち、古くから地域の信仰を集めてきました。岩倉は古代より信仰色の強い土地として知られ、巨石信仰や山岳信仰など、自然崇拝と仏教が重なり合う文化が形成されてきた地域でもあります。

中世以降も大雲寺は地域の祈りの場として存続し、戦乱や社会の変化を乗り越えながら本尊を守り続けてきました。特に近世には秘仏として厳重に管理され、限られた機会を除き一般公開されない信仰形態が確立されていきます。

こうした歴史の中で、大雲寺は単なる一寺院にとどまらず、岩倉という土地の信仰史そのものを象徴する存在として受け継がれてきました。今回の御開帳は、その長い歴史と信仰の積み重ねを現代に伝える、極めて貴重な機会となっています。

実相院、〒606-0017 京都府京都市左京区岩倉上蔵町121
石座神社、〒606-0017 京都府京都市左京区岩倉上蔵町302
石座神社、〒606-0017 京都府京都市左京区岩倉上蔵町302
石座神社、〒606-0017 京都府京都市左京区岩倉上蔵町302
山住神社、〒606-0014 京都府京都市左京区岩倉西河原町
山住神社、〒606-0014 京都府京都市左京区岩倉西河原町
山住神社、〒606-0014 京都府京都市左京区岩倉西河原町
山住神社、〒606-0014 京都府京都市左京区岩倉西河原町
山住神社、〒606-0014 京都府京都市左京区岩倉西河原町


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