占田祭?歴史が詰まった「竹田神社」渡来人の社に機織?秦氏?【滋賀湖東シリーズ/湖東シリーズ/竜王シリーズ/滋賀日野町シリーズ】
祭神として天津彦根命(アマツヒコネノミコト)、天目一箇神(アメヒトツノミコト)、大己貴命(オオナムラノミコト)、大屋彦命(オオヤヒコノミコト)、石凝姥命(イシコリドメノミコト)と面白い組み合わせの神様を祀る。
滋賀県東近江市鋳物師、竹田神社でおこなわれる「占田(ウラタ)祭」です。
小正月に米や小豆などで粥を焚きその年の天候や作物の豊凶を占う「粥占い」は全国的に行われていますが滋賀県内でも、数年まえに見た「田中の粥占い」(こちらは14日)をはじめ竜王町から東近江にかけての農村部にいくつか伝承されているようです。(伝承されているものよりも、途絶してしまったものの方が圧倒的に多いようですけれど)
田中と同様、こちらも「早生(わせ)」「中生(なかて)」「晩生(おくて)」に決められた3本の竹筒を鍋に入れ、煮あがったところで取り出して割りそれぞれの粥の詰まり具合で田植えに適した時期を占う、というものです。
変更履歴
▼HP
▼アクセス
滋賀県東近江市鋳物師町1020
▼祭神・本尊と脇時
※後述「▼見どころ」参照
▼見どころ
祭神として「天津彦根命(アマツヒコネノミコト)」、製鉄・鍛冶の神「天目一箇神(アメヒトツノミコト)」、オオクニヌシこと「大己貴命(オオナムラノミコト)」、「大屋彦命(オオヤヒコノミコト)」、「石凝姥命(イシコリドメノミコト)」の5柱を祀る
社伝によると、崇神天皇の頃に「明神(みょうじん)の森」というところに菅田神社として創祀
788年、坂上田村磨呂が社殿を再建
1017年、現在の地に移され、地名にちなみ現在の「竹田神社」に改めた
また、神像・木造男神坐像@重文を持ち、「蒲生稲寸三磨呂(がもういなすみまろ)」の像といわれている
1344年、足利尊氏の寄進と伝わる石燈籠がある
1893年、近江商人・竹村猪八郎によって「竹田の神能」とちなんだ能舞台が寄進された
現在の地名・鋳物師は、この辺りの鋳物をつくる工人達の住居地であったからと考えられている

1時間に一本の電車来た~!!!

→参道


















→拝殿
2023年11月の参拝時は修復中でしたね。



→能舞台
関東で成功をおさめた鋳物師村出身の近江商人が寄進したもの。


同神社能舞台は、1893年(明治26)に同町出身の近江商人・竹村猪八郎によって寄進され、主に雅楽や狂言に使用されてきた。簡素ながら能舞台の基本形式に基づいた設計で、能狂言の振興を願った篤志家とそれを支えた人々の思いを知ることができる地域の歴史的建造物として、2005年に蒲生町(現東近江市)指定文化財に指定されている。
老朽化のため雨漏りするなど使用困難な状態が続いていたが、地元住民の保存への熱意や狂言会の復活を願う声により、2019年10月から市文化財保存活用事業補助金を活用して解体修理が行われていた。
安井宮司は「今はコロナ禍のためなかなか難しいが、音楽や娯楽発表の場として、これから大いに使っていただけたら」と話していた。
→幣殿・本殿













本殿左右の狛犬がこちらを真っすぐ体を向けているのは珍しいかと。









→摂社・末社「小姫神社(呉姫神社)」
綿、綾製織の神・呉姫を祀る。




▼メディア情報
非常に詳しいのでリンクします。
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
▼セットで行くところ
湖東に抜けるコースと竜王に抜けるコース、湖南に抜けるコースと車ならばどこでも行けるな。
湖東のうち東近江市は次の通り。
▼仏像展
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