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長岡天満宮兼務社「神足神社」レア神様に翻弄!ふ~ん・・あの鳥は??【大阪北摂シリーズ/長岡京シリーズ】

桓武天皇ゆかりの神社で「こうだにのじんじゃ」と読む。祭神は「天神立命」というレア神様!!長岡京に繋がるのか、結構距離があるのに長岡天満宮が兼務している大事な神社!!
 あと、長岡京駅って、元々は「神足駅」だったんだって!!ふ~ん、ふ~ん、糞!?帰りのある家の表札に「神足」とあった・・・神足氏なんだ!!

 あと、「御度石」がね「御度石」なんですね・・・神様厳しいな。笑

 この付近は縄文時代の遺跡や弥生時代の石剣・管玉なども出土している古社で、長岡京の地となった場所でもある。桓武天皇は、この田村と呼ばれていた地の池に天から神が降り立ち、宮中から南を襲おうとした悪霊を防いだ夢を見たらしく、桓武天皇は、当地にこの神を祀る社を建てさせ、太刀と絹を秘蔵させた。その際、田村の地名を神足村に変更されたという。また、古くから水運に恵まれ、西国街道など交通上の要衝として、京都の防衛に重要な役割を果たしていたことから重要な神社と認識されていたかと推測できる。ちなみに、神足神社のお守りは「神の足」にあやかりたいスポーツ選手らが身につけているらしく、高橋尚子氏や有名レーサーがお参りに来ている。

変更履歴

2025/05/14:初版


▼HP

▼アクセス▼祭神・本尊と脇時

  • 京都府長岡京市東神足2丁目

  • 天神立命(アメノカムダチ)

天神立命
・ニギハヤヒの随行者の一人で船長の役割を務めたとされる三十二人の防衛の一人。山背久我直の祖、役直の祖、葛城直の祖、高皇産霊尊の孫神。
・ニギハヤヒの弟ともされるニニギの天孫降臨にも随伴している

 天神立命を祀る神社は次の通りです。んっ~スルーしているかな・・・

 天武天皇の第4皇子・舎人親王と言う説もあり、江戸時代までは神足大明神だった。

▼見どころ

  • 旧神足村の産土神

  • 縄文時代の遺跡や弥生時代の石剣・管玉なども出土している

  • 式内社で「延喜式」にのる乙訓十九座の一つ「神足神社(こうだにのじんじゃ)」に比定

  • 地元では、神足を「こうだん」「こうだに」、神社のことを「かみたらはん」と呼んでいたとの話もあるよう

  • 「桓武天皇の夢」として次のような伝説が残っている

    1. 神足村の旧名である「田村の池」に天から神が降り立ち、宮中を南から襲おうとした悪霊を防いでおられた夢を見た

    2. 天皇は目覚められ、家来を田村の地へ向かわせると、家来は神の姿を見たが、まばゆい姿のため、足しか見えなかった

    3. 田村にこの神を祭る社を建てさせ、太刀と絹を秘蔵させた

    4. 以後、この社は「神足神社」と田村は「神足村」と呼ばれるようになった

  • 8世紀末以前には鎮座していたとする

  • 796年、桓武天皇が勅祭したとも伝わる

  • 祭神は「天神立命」

  • 神社の説明では、祭神に天武天皇の子で『日本書紀』編纂した「舎人親王」も記している

  • 鎌倉時代、摂家九条家の荘園の場所で、神足氏が管理した

  • 天武天皇の子・舎人親王が祭神にいるのは、天武天皇の曾孫・神足光丸の存在で後付けと思ったりしている

    1. 神足家は、南北朝時代、神足信朝(信友)が足利直義の警固役に就く

    2. 小塩庄の下司職は神足氏が世襲した

    3. 室町時代、幕府の御家人となる

    4. 幕府の西岡被官衆の一人となる

    5. 戦国期、神足城を本拠とし周辺を支配した

    6. 戦乱の後、神足氏は九州の天草の地に移った
      →天草=キリシタン、勝龍寺城のガラシャこと玉もキリスト教を信仰しだす。。。キリスト教との関係が匂う

  • 本居宣長は、御祭神を「遠津山岬多良斯神」と記しているとか
    →神様については國學院大學HP参照ください。(纏めるのギブアップww)

  • ということで、主祭神は「神足大明神(コウタリダイミョウジン)」と結論付ける!?って、元々は神足大明神だったようです

  • 境内摂社・末社に、鹿屋野比売神を祀る「埜神社」がある

  • 1872年、東海道本線建設のため現在地に遷座

  • 2011年、女子サッカーワールドカップに優勝した「なでしこジャパン」のメンバーが長岡京市出身であることから、この神社のお守りを送られたとか(境内に京都駅伝チームの応援と意気込みを書いた新聞があったのは、W杯優勝の話からか??)

→参道

西から入って南から抜ける感じで参拝します。

 勝竜寺城の土塁と空堀の遺構があり、発掘調査で土塁と空堀の比高が約6メートルあること、土塁下に6世紀後半の方墳である神足古墳が確認された。

 土塁と空堀は、細川藤孝が城の大改修で造営したもの。その他、土橋と横矢の掛る土塁が残されている。

→境内

西側からの参道からお邪魔します。こちらなら車3台の駐車場があります。
南向きの参道ですね。こちらが表参道でしょう。

→拝殿・本殿正面

 御神木のクスノキがあり、謎の鳴き声で羽ばたき続け、御神木に巣をつくる住人がいた!?糞に注意ください!!

「御百度石」がね「御千度石」

→本殿右の摂社・末社「野神天神」

 鹿屋野比売命を祀る「埜神社」のようだ。扁額には「野神天神」とあった。

→本殿左

→本殿左の摂社・末社

 神社入口を信じると出雲・スサノオの御子・大歳神ですかね。

→境内の御神木に住む謎の鳥

→南側の表参道

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

京都ツウしか知らない場所!京都の藤/藤原道真💛明子の家/淀君念持仏/松尾大社展へ!◆京都伏見山科⑧中京⑪|やんまあ@旅行記 (note.com)

▼セットで行くところ

長岡京シリーズ!

京都は次の通り。




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