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明智光秀像は墨塗り「慈眼寺」イチョウ推し!ウッディー京北から徒歩5分【京都京北シリーズ】【京都高雄シリーズ】

明智光秀により荒廃した歴史を持つ寺が多い京北。明智光秀って良いイメージがあるが実は黒かった!ということではなく、光秀が陣取り、護摩で黒くなったのだろうと思ったが、真相は「本能寺の変で主君・織田信長を討ったという逆賊的なイメージから、光秀像は人目につかないように黒く塗られた」説が有力のようだ。近くに「ウッディー京北」もあるが「亀屋廣清」も立ち寄っても良いかと。

 本能寺の変でダークイメージもあり京北の社寺にも光秀により荒廃する寺が多い。ただ、京北の周山では英雄のようです。それは光秀がやって来るまで当地を支配していた宇津城の城主・宇津氏は、4代にわたって悪政を行い住民を苦しめていたために、宇津氏を滅ぼした!ということのようだ。見る視点で善悪が変わるというのが面白い。これは織田家もそうですね。

京北の周山では英雄の理由のひとつ
1579年、4年程で丹波平定をした明智光秀は、織田信長から「丹波の国での光秀の働きは天下の面目を施した」と賞賛され、丹波一国を与えらる。
 丹波国を治めた明智光秀は、城下町の礎を築き、地子銭の免除をするなど善政を敷いたと言われており、現在でも大変慕われています。

変更履歴


▼HP

▼アクセス

京都市右京区京北周山町上代4

「周山」の地名は、明智光秀が中国大陸の「周」の武王が善政を布いたという故事にならい「縄野」から「周山」に改めたといいます。

▼祭神・本尊と脇時▼見どころ

▽ウッディー京北⇔弓削川⇔慈眼寺

 ウッディー京北に車を置いて、弓削川にかかる寺田橋を渡る。突き当りを右に行き、途中で左に曲がるとある。

▽慈眼寺

  城山と呼ばれる周山城址の麓にあります。明智光秀が城山に城を築こうとしましたが山崎の合戦で敗れ完成しなかった。

 慈眼寺は曹洞宗の禅寺で、御本尊は聖観世音菩薩。本堂の他に烏枢沙摩明王を御本尊とする釈迦堂があるのですが、この釈迦堂は慈眼寺の北東にあった明智光秀の建立とも伝わる密厳寺から移築されたものとのこと。密厳寺は大覚寺の末寺で、釈迦堂は天保3年(1832)に聖観世音菩薩を祀る観音堂として建てられましたが、密厳寺が明治42年(1909)に大覚寺の塔頭である嵯峨の覚勝院に統合されて廃寺となったため、慈眼寺に移築されたとのことです。

→本堂

 本堂には、本尊・聖観世音菩薩、脇侍に毘沙門天と地蔵菩薩を安置している。本堂奥には開山堂があり、その格子天井には182枚の見事な花絵が描かれていて、歴代住職と檀家先祖の霊碑が安置されているようですが、下の写真の通り非公開のようですね。

 「本能寺の変で主君・織田信長を討ったという逆賊的なイメージから、光秀像は人目につかないように黒く塗られた」ようで、本堂にもマスコットキャラクターがいた。現在では「くろみつ大雄尊」と呼ばれ、2019年には黒坐像をモチーフにしたキャラクター「くろみつくん」まで誕生した。坐像と同じく右肩の桔梗紋がポイントである。

 ただ、本堂の本尊は聖観音で、くろみつ仏像!?はいません。

→本堂左の桜

→釈迦堂「くろみつ大雄尊」

  • 明智光秀は信長から命じられた丹波平定を1579年にやり終え、近江坂本にくわえ丹波一国を与えらる

  • 1578年、丹波平定の拠点として京から丹波への入り口にあたる現・亀岡市に亀山城を築く

  • 1579年、福知山城を築く

  • 1580年、東丹波統治の拠点として周山城を築いたとされる

 黒塗り明智光秀坐像は「くろみつ大雄尊」と呼ばれるが、名前の由来は「黒塗りされた」ことと釈迦堂正面の扁額「大雄尊」から来ている。

 境内の釈迦堂は明治の中頃に廃寺となった臨済宗寺院の密厳寺から移されたもので、釈迦堂の本尊はトイレの神様「烏枢沙摩明王」。ちなみにウスサマは、生まれてくる前の赤ん坊が女児であっても、男児に転換できる能力を持たれているとされ、本尊は女性の守り本尊として「うすしまさん」の愛称で親しまれているのだそう。
 明智光秀坐像と光秀の位牌も密厳寺から慈眼寺に移されたものとされる。ただ、慈眼寺の開山堂にあったと伝えられている。密厳寺の釈迦堂が慈眼寺に移築されたときに今の釈迦堂に安置されたようだ。ちょっと、明智光秀ブームで移したのでは?とも疑ってみたり・・。

 「くろみつ大雄尊」は次のHPに姿が見れます。

なぜ黒いのか?
光秀は丹波の地で善政を施してので領民から慕われていたが、本能寺の変で逆臣となったため、光秀像が破却されることを危惧して墨で黒くぬってこの像を守った。右脇あたりに光秀ゆかりの桔梗紋が描かれているようで、これで光秀像だとバレるのを恐れて、全体を黒く塗ったそうな。

 光秀と桔梗紋と言えば「谷性寺」で、別名「光秀寺」ですね。

→稲荷神社

 慈眼寺の境内で祀られている稲荷神社も密厳寺から遷座された神社。稲荷神社は密厳寺西岸の大絶壁頂上に、数百年間鎮座し、度々反乱を起こす桂川の鎮守として祀られていたのだそうです。

→周山城の遺石

 この祠は2020年6月7日のもので、お地蔵さまの横にある四角い石は慈眼寺背後の山上に建っていた「周山城」に置かれていたものとか。

→イチョウ

慈眼寺のイチョウ
胸高幹周は3.8m,樹高30mの大木である。慈眼寺裏山にあり,秋には美しい紅葉が周山地域の自然を一段と引き立て,撮影に訪れるカメラマンも多い。また,雌木であるの銀杏が多く採取され,近隣から拾いにくる人も多い。 

-京都市HPより-

▽亀屋廣清

 光秀にちなんだお菓子もある。

▼旅行記、▼セットで行くところ

▼旅行記▼セットで行くところ

2023年京都の桜🌸岡崎周辺🌸京北パワスポ「賀茂神社/常照皇寺など」美味◆京都左京⑮上京⑦北⑦京北①◆|やんまあ@旅行記 (note.com)

▼仏像展


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