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烏賊まつり「御津神社」オオクニヌシが出雲から御津の地に到着【愛知シリーズ/三河シリーズ】

遠い昔、オオオクニヌシは出雲の国から船に乗って伊勢湾を渡り、御津の地に上陸。その時に、漁師たちが地元で取れた生イカを献上したといういわれから、「烏賊(いか)まつり」が始まった。現在でも神前にイカ(スルメ)を供え、歴代宮司の肖像画など11本の軸を拝殿に掛けて顕彰する肖像祭も行われる。

 砥鹿神社(私のNOTE)と菟足神社(私のNOTE)と並ぶ式内社!
 境内にそびえる御神木・クスノキは樹齢1000年を超える。江戸時代に落雷によって樹幹が焼け、中心部が空洞になっているにもかかわらず、枝が出て高さ21mまで成長した。

変更履歴



▼HP▼アクセス

〒441-0321 愛知県豊川市御津町広石祓田70
公式HP:https://mitojinja.wixsite.com/mitojinja

▼祭神・本尊と脇時

オオクニヌシ
※『日本総国風土記』や『東海道名所図会』などでは、祭神は「下照比咩命(シタテルヒメ)」となっているよう。

▼見どころ

  • 創建は西暦以前にさかのぼるとされ、あまりにも古く記録がないため不明

  • 御津神社は砥鹿神社、菟足神社と並ぶ由緒正しい神社「式内社」のひとつ

  • 御津にあった村の総氏神として崇められている

  • 御津神社がある御津町は、8代天皇の孝元天皇が来た時に御船を当地の津に寄せられたことから、「御津湊」と名付けたということが『惣国風土記』に記されている

  • その時、天皇は既にあったこの神社に対しても御津神社という名前を与えた

  • 本殿と拝殿は1932年、建物を解体せずに移動させる曳家という方法で約50m上方に移築した

  • 境内には、摂社・末社が11カ所あり、1300年も栄えた神社

  • 最後に、船津という地名があることから、古来はここまで入り江になっていたのだろう(岡山の吉備津神社・吉備津彦神社も、今は内陸部だが、昔は沿岸部だったので)

  • 祭神はオオクニヌシの他に、コトシロヌシ、建御名方命(タケミナカタ)と国譲り時の息子たちも祀る

→参道

 神様はこの船に乗ってきた?と思わせる形です。本来は水があったかと思います。

→参道途中:天満社

おっと自然石の牛だ!!

→拝殿・本殿

→境内模様

→境内左:稲荷社、富野御前社

稲荷社
稲荷社
稲荷社
富野御前社
富野御前社
富野御前社
富野御前社

→摂社・末社「忠魂社/八幡社/八百萬社/御鍬社」

忠魂社/八幡社/八百萬社/御鍬社
忠魂社/八幡社/八百萬社/御鍬社
忠魂社/八幡社/八百萬社/御鍬社
忠魂社/八幡社/八百萬社/御鍬社
忠魂社/八幡社/八百萬社/御鍬社
秋葉社
新宮社鈴宮社
磯宮神社
磯宮神社

→御津神社例大祭

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記▼セットで行くところ

◆愛知⑦◆豊川と岡崎の神社仏閣と名古屋港水族館【愛知シリーズ/三河シリーズ/名古屋シリーズ】|やんまあ@旅行記

未来の旅行記は次に記載されていきます。

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