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元伊勢候補地「深田部神社」鉄と海と神々!鉄のコンビナートは出雲ではなくヤマト【丹後王国シリーズ】

 本殿裏には籠神社の奥宮「眞名井神社」などと同じく、古代祭祀上だったのではと思わせる場所があります。さて、この地域は大和朝廷とつながりが強いと思っていたのは地理的なものと政治的なものなのかもしれません。
 鉄は半島から輸入しており、船は日本海側がコストが低く、安全だったかと。日本海側の出雲を裏切り!?大和朝廷についたのが、丹後・丹波王国だったのでは?と思った。そのため、皇后の排出も多く、元伊勢籠神社など格式が高い神社仏閣があるのでは?
 籠神社の宮司である海部氏の家計図に、歴史の中心にいる尾張氏が入っていたり、日本海側で出雲と大和のせめぎあいがあったのだろうと思っている。

 という前提で、この神社の由緒より。
 黒部小字深田で”泥深い田んぼ”という意味だそうで、湿地帯ということが伺える。ここの奥の集落は『船木』で、”船が来る”から来ているそうで、この辺りは深い入江だったとされる。湿地帯のため古墳から女性人骨なども出ており、鉄も多いことから、巨大な港か製鉄コンビナートだったかも。

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▼HP▼アクセス

京都府京丹後市弥栄町黒部411

▼祭神・本尊と脇時

トヨウケ(伊勢神宮外宮) 、八幡大神 、アマテラス、天児屋根命

「京丹後市立丹後古代の里資料館」の旅行記より備忘録
縄文⇒弥生となり早くから農耕がはじまり、強者(豪族)が生まれ丹後王国が出来る。日本海の島根・出雲大社から長野・諏訪大社は出雲族が固まっているが、丹後だけは属していないことが謎だったが、ここでも謎とされている。面白かったのは丹波から独立し、衰退とともに丹波に戻ったのかもしれないとのこと。

古墳から出た鉄の刀があった。古代日本の北九州・出雲・丹後が栄えた理由が朝鮮半島から鉄の入手がしやすかったという説がある。丹後の衰退は丹波・出石神社に腰を下ろした新羅の王「アメノヒボコ」の仕業か??

皇室と丹後の関係がわかる。第9代「開化天皇」の皇后「竹野媛」で、竹野神社に祀られている。11代「垂仁天皇」には丹後から4媛を娶っている。これは大和朝廷にとって、いかに丹後の地域が大事であったかを示すものと言えよう。これは伊勢神宮の内宮の次に大事な外宮「トヨウケ」も丹後出身であることからも明らかと言えよう。

▼見どころ

  • 「ふかたべじんじゃ」と読む

  • 『延喜式』にある「深田部神社」に比定される

  • 丹波道主命は、ここを平定した後、当地の住民の平穏と五穀豊穣を記念して、トヨウケを奉斎した

  • 深田部は「昔当地は海原であったが漸く潮水引き其の跡深き沼田となる。其時の状態自然地名となり深田という」とか

  • 767年から770年、岡山市中区今谷に鎮座する深田神社に分霊

  • 1001年、丹後地検帳にこの神社の社領地に関する記載があり、大社だったようだ

  • 室町時代後期は荒廃し、宮柱も朽ち果てた状態になったとか

  • 住民が相談し、深田山に鎮座していた八幡社(八幡大神)に遷し、合祀した現在までに、天照皇大神、天児屋根命(春日大神)を配祀する

  • 神輿三社があったようで、それぞれ八幡大神、アマテラス、アメノコヤネとしていた

  • 1829年、社殿の造営が行われた

深田部神社は延長5年(927)に編纂された『延喜式』に「深田部神社」と記される古社で、かつては小字野崎(旧黒部小学校)に鎮座していたが、室町時代に八幡神社があった現在の場所に合祀された。
 現在の本殿(府指定 有形文化財)は、文政12年(1829)に建てられた三間社入母屋造で、桁行4.67メートル、梁行2.97メートルを測る。本殿は、龍、獅子、兎、鳥のほか、雲、波など数多くの彫り物でにぎやかに飾られている。
 また、10月第2日曜日に行われる秋祭には、3基の神輿が渡御し、あわせて太鼓輿と中学生以下の男子による黒部の踊子(府指定 無形民俗文化財)が奉納される。踊子は室町時代にさかのぼる古い姿を残す民俗芸能であり、大変貴重なものである。 

深田部神社 | 京丹後歴史文化めぐりマップ

→参道

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→拝殿・本殿:彫刻注目


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 彫刻も立派!!

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→本殿裏

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→本殿裏の摂社・末社「須賀神社」「神功神社」

 須賀神社はスサノオを祀る。神功神社は名の通り神功皇后繋がりで、息長帯比売命、帯中日子天皇こと仲哀天皇を祀る。

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→本殿右「稲荷社」

  稲荷神社なのでウカノミタマですね。

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▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

2024年:毎年恒例の一人蟹3杯旅行!2024年◆丹後王国⑰|やんまあ@旅行記 (note.com)

2016年:◆京都:丹後⑤◆元伊勢吉佐宮と外宮元宮はどこ?京都のお伊勢さん

▼セットで行くところ

▼仏像展


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