坂上田村麻呂が東夷征伐「六所神社」家康がオギャーで手形あり【愛知シリーズ/三河シリーズ/名古屋シリーズ】
松平家の産土神として松平家・徳川家の崇敬が篤く、現在も「安産の神様」として信仰されている神社。家康誕生の際には、松平氏の産土神として参拝。この行為が坂上田村麻呂も参拝した繋がりで天下統一したのかも!?
本殿・幣殿・拝殿・楼門・神供所は国の重要文化財に指定されていることからも、金のあるとこ良い仏像や社殿がある!!その背後に豪族や権威・権力ありが分かる神社である。
そんな神社だけど一の鳥居からの参道を電車が横切っているのも面白い。境内に「家康の手形」があるのだが、本物か?何が原型なのか??
他の都道府県にある六所神社は次の通り
島根
滋賀
変更履歴
2025/10/19:初版
▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
アクセス:愛知県岡崎市明大寺町耳取44番地
駐車場:〒444-0864 愛知県岡崎市明大寺町耳取44
祭神:
塩土老翁命(シオツチノオジノミコト)
サルタヒコ
衝立船戸命(ツキタツフナドノミコト)
太田命(オオタノミコト)
興玉命(オキタマノミコト)
事勝国勝長狭命(コトカツクニカツナガサノミコト)
他10柱
▼見どころ
→由緒・歴史
37代斎明天皇(655~661)の勅願により、奥州・塩竃六所大明神を勧請し創立
50代桓武天皇の時代に坂上田村麻呂が東夷征伐のためにご祈願、天皇に奏聞、勅許のうえ再建され「六所大明神」の勅額を下賜された
松平氏が三河入国
1542年:岡崎城にて竹千代君こと徳川家康が誕生の折に産土神として参拝
1602年:家康よりご朱印状を下され、62石7斗を贈られた
1604年:家康が社殿を造営
1634年:徳川家光も岡崎城にて遥拝され、御名代「松平伊豆守」を社参、100石を加増された
その朱印状には「六所大明神は東照大権現降誕の地にある霊神なり、是を以て崇敬他と異なり。」とある
この時の造営により本殿、幣殿、拝殿を連結し、華麗な彩色を施した権現造の社殿が完成
1976年:日光東照宮と同じ手法によって修復工事が行われ、建立当時の美しさを再現した

→境内








→超美しい「楼門@重文」
さて左に目をやると素晴らしい朱色の楼門だ!!やっぱ天下人のお膝元は凄いな。









→拝殿・幣殿・本殿@重文
権力者の力を見せつけつつ、今でも檜皮葺の拝殿がエレガント!









振り返り楼門を内側から見る。

















→家康の手形
ち、小さいな・・・。



→三晃大黒社
三河國の大地に明るい光を照らしてくださる「大黒さま」ことオオクニヌシを祀る。



→シャコ貝
祭神・サルタヒコの所縁の貝ですね。サルタヒコは三重に住むが貝に挟まれ溺死している!?謎の幕切れww

って、どういう謂れなのだろうか?結論不明です。
海・塩・水の神性との結び付き
塩土老翁命を祀る神社であることから、海洋・潮・塩に関係ある貝・貝殻を象徴物として用いている可能性があります。安産の象徴として
神社が「安産の神様」としても信仰されていることから、貝殻が「胎内に宿る・殻の中に守られる」というイメージで、安産祈願の象徴的なアイテムとなっているかもしれません。奉納・参拝者の記念物
貝殻や大きな貝類が、参拝者や信者によって奉納されたり、拝殿・境内に展示されていたりすることがあります。特に珍しい形・大きさのものだと目を惹きます。口伝・地域伝承の反映
「シャコ貝に手を挟まれた猿田彦命」という話は公式文書では確認できていませんが、地域の伝承・ブログなどで紹介されています。こういう口伝が、実物展示の由来になっている場合もあります。

▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記▼セットで行くところ
◆愛知⑧◆いざ大須観音周辺へ!瀧山寺50年に一度の御開帳/瀧山東照宮復活!!|やんまあ@旅行記
未来の旅行記は次に記載されていきます。
愛知の神社仏閣は次のマガジンに追加していきます。
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