なぜ伊勢神宮の古材が「樫本神社」仁徳さんは大原野神社摂社だが古い【大阪北摂シリーズ/長岡京シリーズ】
大原野春日町一帯の鎮守の社で「仁徳さん」と称されている「かしもと」神社。今は大原野神社の境外摂社だが、伊勢神宮式年遷宮の古殿舎撤却材を用いた社殿である。元々は大原野神社以前から祀られていたとも伝えられる。
また、一説には、長岡京遷都の際、平城宮から遷された平野神社が一時的に祀られた場所ともいわれる。とすると、藤原氏の氏神・氏寺が奈良から長岡京、さらに平安京へと移動した流れと重なる点もあり、平野神社の遷座にも藤原氏の動きが関係していた可能性も想像される。
事実なら、樫本神社は単なる村の鎮守ではない。平城京から長岡京、そして平安京へと移動した王権祭祀の中継地だった可能性もある。平野神社の祭神が中世に仁徳天皇と結びつけられたことを考えると、この地の「仁徳さん」という信仰もまた、古い王権祭祀の名残なのかもしれない。
仁徳天皇
「平城宮の宮中」から「樫本神社」経由の「平野神社(私のNOTE)」
平野神社:中世から近世までは仁徳天皇を祭神とする説が広まっていた。
滋賀には、668年創建の「大津平野神社」があり、大津京の守護神として仁徳天皇を祀ったよう。創建は藤原鎌足というところに平野神社=仁徳天皇が出たのかも。
藤原氏
変更履歴
2026/03/06:初版
▼HP▼アクセス
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アクセス:〒610-1153 京都府京都市西京区大原野南春日町813
▼祭神・本尊と脇侍
仁徳天皇
▼見どころ
→由緒
創祀は不明
仁徳天皇の崩御後に起きた争いに巻き込まれた人が、天皇の御霊を奉じて難を逃れ、分霊を祀ったのが始まり
850年、大原野神社造営で付属し、藤原氏一族の庇護を得た
1628年、東福門院に祈祷料白銀30枚
※平野神社にも寄進しているんだよな・・・。1630年、徳川家光の祈祷料米100石の奉納で神殿を修理
1882年、大原野神社境外摂社となる
2017年、伊勢神宮式年遷宮古殿舎撤却材の無償譲与を受けて改築
御朱印は、大原野神社で拝受できる
創建年代は詳らかではないが、社伝によれば、難波の国に都を作られた仁徳天皇が崩御された後、争いが起こり、それに巻き込まれた一部の人たちが、天皇の御霊を奉じ難を逃れて、この地に着き、分霊を祀ったのが創まりと言われている。本殿は一社流春日造柿葺きで、平成25年(2013)秋に行われた第六十二回伊勢神宮式年遷宮古殿舎撤却材の無償譲与を受けて、改築、同29年3月竣工す。大原野春日町一帯の鎮守の社で「仁徳さん」と称し、広く崇められ、親しまれている。
→境内








覆殿の中に本殿がある。本殿は春日造り杮葺きで、2013年の伊勢神宮の式年遷宮の古殿舎撤去材の譲与を受けて改築された。

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