レアなアフロ仏「地蔵院(椿寺)」長谷寺式十一面と美仏な地蔵菩薩※一部有料あり【京都市北区シリーズ/西陣・北野界隈シリーズ/京都ツウシリーズ】
地蔵院から徒歩10分ほどの地には、北野天満宮や平野神社などの名刹があり、徒歩5分ほどの地には妖怪ストリートとよばれる大将軍商店街のほか、地名の由来となった大将軍神社などの人気観光スポットがある。
そんな一角にあまり知られていないが素晴らしい仏像群を有する寺がある。
レアなアフロ仏は次のNOTEに纏まっています。
阪急沿線の西京区にある地蔵院は次の通り。こちらは北野天満宮近くの地蔵院です。(https://note.com/yanma_travel/n/n0cad856a31dd)
変更履歴
2025/12/21:初版
▼HP▼アクセス
公式HP:椿寺だより
アクセス:京都府京都市北区大将軍川端町2
▼見どころ
→由緒
726年、聖武天皇の勅願を受け、行基が大阪伊丹市の昆陽池辺りに建立した寺院がはじまり
平安時代に京都の衣笠山付近へ移る
1391年、戦火に巻き込まれて焼失
1397年、足利義満が金閣寺造営の際に余った材木でお堂を再建
この時に地蔵菩薩を安置され仮堂が出来た
1587年、北野大茶会の際に豊臣秀吉から五色八重散椿が寄進された
1589年、豊臣秀吉によって現在地へ移された
1671年、浄土宗に改宗し、現在は知恩院の末寺
境内には与謝蕪村の師・早野巴人(はやのはじん)、赤穂浪士を支援した商人・天野屋利兵衛(あまのやりへえ)の墓地がある
堂の背後の板扉はもと北野天満宮(私のNOTE)にあった多宝塔の遺構とか


→山門あたり









→「五色八重散り椿」と「桜」
1本の木に白、赤、ピンク、絞りなどの様々な色合いの椿の花「五色八重散り椿」が咲く。
「五色八重散り椿」は豊臣秀吉が寄進したもので、「椿寺」の通称で知られているのはこの椿のこと。元々は加藤清正が秀吉に献上したものとされ、現在のものは二世。毎年3月中旬頃から開花し、3月下旬から4月上旬には「散り椿」となって桜と共に境内を彩るようだ。




1589年、豊臣秀吉によって現在地へ移された
→地蔵堂「鍬形地蔵」
この鍬形地蔵は、洛陽四十八願所地蔵めぐりの第12番札所。真っすぐ進むと地蔵堂ですね。






→本堂:本尊「五劫思惟阿弥陀如来」

重源が中国から招来したもので、善導の作とされ、本堂は毎年正月三が日のみ参拝ができる。また、行基作の地蔵菩薩は、安産の信仰を集めている。元々は地蔵菩薩を本尊としていた。
本堂です!!

詳細は次のNOTE参照です。
→観音堂「長谷寺式十一面観音菩薩」洛陽三十三所観音霊場の第三十番札所
本堂から狭い廊下で繋がっている。慈覚大師・円仁作で、毎年正月三が日、お彼岸、8月23と24日のみ御開帳。


右手に錫杖を持つ「長谷寺式十一面観音立像」で、ファーストコンタクトは福井の若狭・羽賀寺の十一面観音に似ていると思った。よく見ると長谷寺式十一面観音立像で、一木の良い仏像だった。
脇侍は雨宝童子、春日龍神となっており、本尊より新しい仏像だが脇侍も長谷寺(私のNOTE)を参考にしたのだろう。
→地蔵堂周辺



地蔵堂の後ろには扉が!そう、火事になった時にここから厨子ごと脱出する非常階段なのだろう。もしかしたら台車になっているかもね。


→天野屋利兵衛
地蔵院北側にある山門前の石柱には、赤穂義士でおなじみの吉良邸討ち入り成功の影の功労者・天野屋利兵衛の墓所がある。

▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
京都初詣2025/冬の京都/京都ツウ参り&パワースイーツ/吉野太夫[京都左京⑯中京⑩右京⑬西京⑥下京④]|やんまあ@旅行記
京都旅行記
▼セットで行くところ
▼仏像展
▼備忘録のため有料
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