山の中腹から鞆の浦景勝「医王寺」この坂キツイし道狭っ【広島シリーズ/広島福山シリーズ/鞆の浦シリーズ】
温泉あるとこには薬師如来を安置する寺があり、概ね高台に鎮座する。しかし、この寺は坂がキツイ!狭いっ!!そして仁王門の表参道は入口がメチャ狭く分かりにくく、表参道が私道感がハンパない。
変更履歴
2025/09/29:初版
▼HP▼アクセス
広島県福山市鞆町後地1397
▼祭神・本尊と脇時
薬師如来
※6年に一度の御開帳
▼見どころ
→歴史
眺望の良さが有名
裏山の中腹にある「太子殿」からは、鞆のまちと瀬戸内の景観を一望できる
太子殿へは、医王寺から更に583段の石段を登る
826年、弘法大師・空海による開基と伝えられている
1560年、火災で焼失する
1596年から1615年、再興
1685年、本堂は藩主・水野勝種の再建といわれている
本尊の木造薬師如来立像は室町時代中期の作で秘仏
1826年、シーボルトもツツジや松の観察のために参拝している
→表参道
ヤバッこの急な坂・・・。人懐っこい猫が癒してくれるが、道が狭い!!車絶対不可の表参道です。裏参道からがオススメですね。裏参道は本NOTEの最後になります。









→仁王門/鐘楼
二体の金剛力士像が安置されている。鐘楼も水野勝成が寄進したので名刹なんだと思うのだが、この表参道の狭さは凄いな~。権力者なら馬などでここまで上がってきそうだが無理のような気がする。






上がってきた参道を見下ろす。なんか広く感じる・・。


→本堂
前述の通り、本尊・薬師如来は6年に一度の秘仏!2024年4月に行われました。

この像は医王寺の秘仏として厨子に納められ保存がよく台座等はすべて当初のものである。
白毫【びゃくごう】をはめ螺髪【らほつ】は左螺で肉髻【にっけい】相の痕を残している。玉眼入り。
着衣の彫法は写実的で,特に胸部の複雑な衣文や左右両手の臂【ひじ】より垂れる法衣の袂はよく時代の特色を現わしている。耳朶【じだ】に孔を貫き,口唇に紅をさしている。室町時代中期の作。
若干、顔が清凉寺式釈迦如来(私のNOTE)に感じた。




→焔魔堂/鐘楼から鞆の浦













→大伴旅人の歌碑/御影堂/庫裏
728年、大伴旅人は妻を伴い太宰府に赴任し、帰京の途中、この鞆の浦で九州で失くした妻を偲んだ和歌の歌碑が境内にある。赴任時は妻ともに寄港しているそうな。万葉集巻三(448番): 磯の上 根這ふ室の木 見し人を いづらと聞けば 語り告げむ


→太子殿
地元の人でもなかなか行かない隠れた名所なようです。私たちは行かなかったので他力本願です。表参道を勢いよく抜いていった若者家族も挫折していましたね。

→裏参道




▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記▼セットで行くところ
広島③◆福山市の神社仏閣/鞆の浦ブラリ(33年に一度の秘仏公開&福山の仏像集合)|やんまあ@旅行記
その他の旅行記は次を参照
広島の神社仏閣は次を参照。
▼仏像展
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