日本一の白いだるま坐像「興禅寺」大黒さんの下の歯にご縁【和歌山シリーズ/和歌山市周辺シリーズ/和歌山紀北シリーズ】
山の中腹に鎮座する巨大な「白いだるま」は、国道からもその姿を確認できる地域のシンボルです。この像の中には、建立の際、戦地から持ち帰られた砂や遺骨の一部が塗り込められていると伝えられ、平和への強い願いが込められています。
変更履歴
▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
公式HP:
アクセス:和歌山県西牟婁郡上富田町市ノ瀬無番地
祭神:
本尊:
▼見どころ
→由緒
898年: 伝承によれば、竜統法印によって開創される。当初は真言宗に属していた。
1200年代: 覚心 の影響により臨済宗へ改宗。
1297年: 根皆田の峰ケ原へ移転し、法灯を維持する。
1469年: 正式に禅宗寺院としての体制が整う。
1500年代後半: 田辺領主・安藤直清が当時の住職に帰依し、知足庵を建立するなど寺を庇護する。
1596年: この日付の「紀州熊野田辺市野瀬山本之文書」をはじめとする多くの古文書(興禅寺文書)が残されており、地域の歴史を伝える貴重な資料となっている。
1697年: 名馬として知られた「興禅寺号」が、かつての住職の四十九日にあわせて息を引き取ったと伝えられる(境内には馬の石像と墓がある)。
1973年: 世界平和と戦没者の供養を願い、高さ約5メートルの「日本一の白いだるま坐像」が建立される。
2000年代以降: 回遊式庭園「天真苑」の整備や、秋にアサギマダラ(渡り蝶)が飛来するフジバカマの園など、四季折々の花が楽しめる「花の寺」として親しまれている。
興禅寺文書(町指定文化財):
平安時代から江戸時代にかけての貴重な古文書が百点余り所蔵されており、歴史研究において非常に重要な価値を持っています。
アサギマダラの飛来:
10月頃になると、海を渡る蝶として知られるアサギマダラが、境内のフジバカマを目指して多数飛来します。その幻想的な光景は「極楽浄土のよう」と形容されることもあります。
→達磨坐像周辺




→境内へ





→境内からだるま坐像

→本堂/拝殿・本殿



大黒さんの下の歯にご縁・・いや五円。。






→忠馬「興禅寺号」の伝説:
かつて寺で飼われていた馬が、住職の死を悲しんで食を断ち、後を追うように亡くなったという実話に基づいた伝説があります。その忠誠心を称え、境内には馬に跨った住職の像が建てられています。
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
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