国宝級の大発見「富雄丸山古墳」埋葬されていたのは誰?ナガスネヒコ??★随時更新
注目の「富雄丸山古墳」を2023年から追い続けるNOTE。って、最近は全然情報が入ってこないが、どうなっているんだろうか。発見後の現地説明会には2日間で4500人が訪れた。3月末~4月の同研究所付属博物館(橿原市)での蛇行剣の初公開には8日間で1万7千人以上が詰めかけ、2時間待ちの列ができたそうな。
変更履歴
2024/12/29:初版
▼埋蔵物
富雄丸山古墳は日本最大の円墳
古墳頂上から日本初の「盾形銅鏡」と国内最大の237cmの「蛇行剣」が発掘され「国宝級の大発見」と大きな話題になった
「蛇行剣」は木の鞘に納められていたようで、蛇行しているのは謎らしい
蛇行剣は大きすぎるため複数が重なっているのではないかとも言われていた
卑弥呼が中国からもらった「一丈剣」を目指して、2.3mの「蛇行剣」を作ったと推測する
剣の鞘は漆が使われ、赤い含量を持つ水銀も使われていることは確定した
銅鏡と剣の下から棺が見つかる
棺は全長、約5.6メートル、幅は約70センチで「割竹形木棺」という丸太1本を縦に割り、中をくり抜いた構造
棺の中から「銅鏡三枚」と、漆塗りの(髪に差す)「櫛」が9点もあった
頭部分に水銀があり、足元には漆がある
このことから頂上には男性で棺は巫女説があるようだ
その他、武器・武具なども発掘されている
全体的に粘土質だったことから、考古学者も驚きの保存状態なんだそうな
このような古墳はまだまだあるようで、4世紀の謎が解けるかも
▼誰が埋蔵されているのか?
文字がまだ発展していない4世紀の円墳で日本古代の話で、巨大前方後円墳が造られていた時代
4世紀はヤマト中心に大王が連合していた時代で、話し合いの合意形成を得て日本が形成されただろうと専門家は伝える
→卑弥呼の次の世代
→13人の鎌倉殿は昔からあったということだろうか?
→この後の5世紀は「倭の五王」になる時代的には前方後円墳の時代で、円墳は新豪族なのではないかとも
前方後円墳の佐紀古墳群近くのため、ヤマトの権力者の近い位置にいた豪族と推測される
埋蔵社は謎で、上層部には男性で、下層部には妹など女性と推測されている
音から「登美氏」「ナガスネヒコ」とも思ったのだが・・真相はいかに
→ナガスネヒコとニギハヤヒの妻とか・・・
→ナガスネヒコは時代がずれるのでの息子とも・・・
→ナガスネヒコ2世、3世かもしれない・・・
→武乳速命とか・・・
ナガスネヒコ(長髄彦、登美能那賀須泥毘古、那賀須泥毘古、登美毘古)
神武天皇兄弟に戦闘で勝ち、妹をニギハヤヒの妻にした武神。ニギハヤヒと妹の息子が物部氏の祖・ウマシマジである。
▼メディア情報
https://www.youtube.com/watch?v=8G4YKt4B_Io
「蛇行剣」公開の模様です。私にはこの作業無理です。「あっ」と言って潰してしまいますね・・・。
蛇行剣の説明です。動画参照ください。
木棺の説明です。動画参照ください。
銅鏡三枚と、漆塗りの(髪に差す)櫛の説明です。
▼ナガスネヒコを祀る神社
神武天皇たちの戦いにも勝ってしまうナガスネヒコ(ウィキペディア)。古事記を読んだ人は知っているが祀る神社はないのはなぜか??ただ、隠して祀っている説がある神社がある。
神社紹介の前にナガスネヒコを少し紹介。
『日本書紀』では長髄彦であるが、『古事記』では那賀須泥毘古、登美能那賀須泥毘古(トミノナガスネビコ)、登美毘古(トミビコ)とも表記される
天孫降臨したニギハヤヒ(磐船神社、石切劔箭神社)に仕えた方で、ニギハヤヒが神武天皇は天津神だと国譲りをしようとするが、ナガスネヒコは超反対し戦い勝ってしまう
ニギハヤヒは、天照大神から「十種の宝物」をもらい降臨するニニギの兄弟とも
ナガスネヒコは神武天皇に「昔、天つ神の子が天の磐船に乗って降臨した。名を櫛玉饒速日命(ニギハヤヒ)という。私の妹の三炊屋媛を娶わせて、可美真手という子も生まれた。ゆえに私はニギハヤヒを君として仕えている。天つ神の子がどうして二人いようか。どうして天つ神の子であると称して人の土地を奪おうとしているのか」と言う
ニギハヤヒの妻は、ナガスネヒコの妹で、物部氏の祖・ウマシマデの母でもある
もっと知りたい方は記紀を読んでいただければ。参考サイトをいくつか挙げておきます。
→大阪・東大阪 #石切劔箭神社上之社
→奈良 #添御県坐神社
スサノオ、イナダヒメ、武乳速命を祀る。武乳速命は境内の由緒書よると添県主の祖先神とあるが、ナガスネヒコと受け継がれている。
地元ではナガスネヒコは英雄だったようですね。歴史=勝者(神武天皇)という感じですね。島根のヤマタノオロチ、岡山の温羅(ウラ)など、一般的には悪者だが、地元では英雄としているのが多いのは神社アルアルですね。
次の動画は深いな~真実かどうかは分からないけど、神社に歴史が詰まっていますね~。文献がないので祭神は歴史の流れで変わっているようです。ニギハヤヒ、ナガスネヒコ、ナガスネヒコ妹&ニギハヤヒ妻・三炊屋媛(ミカシキヤヒメ)かもという話で、記紀と一致しますね。考古学に期待!!
ニギハヤヒ側につくもの、イワレヒコ(神武天皇)側につくものと別れたなど面白い話です。
→奈良 #等彌神社 :ナガスネヒコ
『日本書紀』によると鳥見山は西暦紀元前661年12月、熊野から北上して大和盆地へ突入した神武天皇ことイワレヒコが、大和国の先住勢力・長髄彦を撃滅した古戦場とする。
→奈良 #矢田坐久志玉比古神社
なんか本殿横に祠が二つで祭神は不明なんだそうな。ニヒハヤヒとナガスネヒコとか??
私のNOTEは次の通り。(https://note.com/yanma_travel/n/n1285621d4cd2)
▼オマケ
同時期(4世紀後半)の古墳からの古墳分析です。いや~考古学面白いな~と思いました。
口伝ですね。記紀を読んだ人は面白いかと。
ファンタジー込みでどうぞ。15分から出雲、神武東征(イワレヒコ、ナガスネヒコ、ニギハヤヒ)の話になります。。ナガスネヒコ関係ならビンゴですね。
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