松尾大社境外末社・高田三宮神社横「福田寺」【京都右京シリーズ】
平安時代に天皇や貴族が大覚寺に通った「千代の古道」に鎮座している。
変更履歴
2026/04/21:初版
▼HP▼アクセス
アクセス: 京都府京都市右京区嵯峨野高田町8
公式HP:-
▼見どころ
→真横
→歴史
嵯峨野高田にあり「ふくでんじ」と読む
浄土宗西山禅林寺派
本尊は阿弥陀如来
1700年前半、乗蓮社運誉(じょうれんしゃ・うんよ)上人が中興したとする
1868年、神仏分離令の廃仏毀釈により、玉伝寺を合併
1877年、高福寺を合併
本堂、地蔵堂、弁天堂、庫裡がある
渡来系豪族の高田氏の地のようだ
『太秦村誌』と『福田寺駒札』に、高句麗系渡来氏族で「日本書記」にも登場する高田首(たかだのおびと)が部民を率いて居住したのが起こりであるとの記述がある。
この辺り一帯、秦氏の葛野川治水以前は、川の流れは自然の流れのままであり、耕作も人も住めない不毛の地であったことが想像される。秦氏は葛野川の治水に目をつけ、先ず堤防を築いて川の氾濫を防ぎ、次には、上流に堰を設けて(葛野大堰 )不毛の地に水路を引いて、耕作地を拡大していった。
そこに、高田首が率いる渡来人の入植も始まり、長い年月をかけ耕作地を拡大して高田村が誕生していったと考えられる。平安京の時代を迎えると、都の一大農産地となり、葛野十二郷へと発展していった。
→境内








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