丹波篠山城「王地山稲荷(まけきらい稲荷)/本経寺」境内から見渡せる篠山城下の美しい景色【丹波国(丹波王国)シリーズ/丹波篠山シリーズ/丹波シリーズ】
丹波篠山城の観光で訪れた際、偶然見つけた「王地山 まけきらい稲荷」。赤い鳥居が連なる石段を登ると、境内から見渡せる篠山城下の美しい景色。
「まけきらい」というユニークな名前の由来は、江戸時代、この地の城主が相撲でなかなか勝てないことを嘆き、必勝を祈願したことからきているそうです。今では、勝負事だけでなく、さまざまな願いを叶えてくれるパワースポット!!

変更履歴
▼見どころ▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
妙長山本経寺は日蓮宗に所属し、総本山は身延山久遠寺
本尊は宗祖日蓮聖人奠定の大曼陀羅御木像
1601年、松平安房守信吉が徳川家康姉であり実母の菩提寺
元々は茨城県土浦の地に建立
1619年、松平安房守信吉、丹波篠山城主となり移築建立した
京都大本山・妙顕寺の末寺となる
城中で祀られていた「稲荷大明神」の「吒枳尼天像」も移築で、丹波篠山に移す
王地山の地に奥の院として観請した
▽本経寺:兵庫県丹波篠山市河原町92

1601年、高崎藩主・松平安房守信吉(藤井松平家3代)が実母・徳川家康姉の菩提のために、家臣・都築和泉に奉行を命じ、茨城県土浦の地に建立した寺。詳細な由緒や歴史は公式HPをどうそ!!
→メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▽王地山 まけきらい稲荷:兵庫県丹波篠山市河原町 92番地


→参道
稲荷本殿までは、ゆるい階段を約200段で千本鳥居となっている。











→参道「平吉稲荷社」
當山第19世日苗上人が餌を求めて境内に出てくる狐を世話していましたが、亡くなっているのを見つけた時、頭を寺方丈にむけて亡くなっているのを見て、「畜生ながら恩を忘れないものよ」と感心し、これ以来「稲荷参詣者にしっかり参道を上れるようお守りいたせ!」と言い、石段参道なかほどに祠をもうけ、おまつりを致しました。足・腰が丈夫に暮らせる御利益があります。

→鬼子母神社


→籠堂(文雅叢)

→妙見堂/常富天王社
北斗七星を神格化した大阪の能勢妙見さん繋がりのようです。左脇には加藤清正の大神祇、右脇には弁財天を祀る。



常富天王社がある。

→拝殿・本殿周辺


そういえば、さっき歩いていると山車が練り歩いていたな・・


→拝殿・本殿周辺「最正位 日車天王社」



→拝殿・本殿
1619年、安房守信吉が丹波篠山城主として転封のおり、吒枳尼天王を現在の王地山に遷したのが始まり。それ以来、王地山稲荷大明神といわれるようになった。
吒枳尼天王(稲荷大明神)は、伝教大師最澄による一刀三礼の尊像といわれ、松平信吉伊豆守の陣中守護神として帰依し、養子・安房守信吉公が前述した本経寺に吒枳尼天王の霊像を守護神として勧請したもの。その後、松平信吉公が篠山城主になった時、現在地に移した。
由緒などは公式HPをどうそ!!
祭神は、王地山稲荷大明神です。






→摂社・末社「まけきらい平左衛門稲荷社/神輿堂」










→メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
2024年:桜巡り!丹波/丹波篠山/福知山へ!!織田家所縁の柏原と八幡丹波篠山城ブラリ◆兵庫⑥京都丹波⑨◆|やんまあ@旅行記 (note.com)
京都側の旅行記です。「丹波王国」を参照です。
兵庫川の旅行記です。「兵庫東」を参照です。
▼セットで行くところ
丹波国は京都と兵庫を跨ぐ大きなところですね。
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